HOME 新譜速報→ 交響曲 管弦楽 協奏曲 器楽曲 室内楽 声楽曲 オペラ 現代曲 バロック 企画・廉価 特集 → 演奏家 レーベル バックナンバー
殿堂入り → 交響曲 管弦楽 協奏曲 器楽曲 室内楽 声楽曲 オペラ シリーズ カタログ 音楽本 → クラシック 名言集 チャイ5 お買い物ガイド


交響曲B〜ベートーヴェン



・掲載しているCDジャケットとそのCD番号は、現役盤と異なる場合があります。
・[御購入ボタン]を設置していないアイテムもありますが、ご希望のアイテムがございましたら、
 まずはご注文フォームメールでお知らせ下さい。
 最新の状況を調べて、入荷の見込みの有無、お値段などをお返事いたします。


ベートーヴェン/BEETHOVEN
交響曲全集、コリオラン序曲、「プロメテウスの創造物」序曲、エグモント序曲
クラウス・テンシュテット(指)LPO(9番、エグモント)、VPO(3番)、
BSO
(2,6,7,8番、プロメテウス)、NYO(4番)、キールPO(5番)、
北ドイツRSO(コリオラン)、
メックレンブルク・シュターツカペレ(1番)
1番='68,8.18、3番='82.8.296番・8番='75.7.27、
2番・プロメテウス='77.7.31、4番='80.5、5番='80.5.20、
7番='77.7.29、9番='91.8.31、コリオラン='92.6.11、
エグモント='91.9.26  全てステレオ・ライヴ録音
MEMORIES
ME-1020
(5CD)
“特に奇数番号の交響曲は絶対に聴き逃せない感動作!!”
オケも録音年もバラバラなので、全て均一の出来ばえというわけにはいきませんが、この中の奇数番号の曲と「田園」は、心の底から湧き出て全身で奏で切った圧倒的な名演で、聴き逃す手はありません!「第1番」は古典様式を守った極めてオーソドックスなスタイルですが、内面から込み上げる生命力が素晴らしく、平凡に流れることは決してありません。第1楽章の展開部の第2Vnの際立ちは意図的なものを感じず、自然な佇まいの中にも内声を徹底的に充実させている典型的な例。終楽章の骨太な推進力も見事です。「第7番」は、ミュンシュ時代を思い起こさせるトランペットの輝きが印象的。終了後の怒涛の「ブラーボー」も演奏の熱さを物語っています。タングルウッド・ライヴの「第8番」は、大家による草書を思わせる趣き。第2楽章の軽妙なリズムは心からの愉悦に満ち、小鳥のさえずりが曲とマッチして雰囲気に花を添えます。第3楽章の流麗な流れも、古き佳きドイツの伝統美を感じさせます。これと同じ日の「田園」も、緻密な構築よりも全体を大きな流れと、終楽章に至るまでの精神的なニュアンス表出が優った演奏。第1楽章のリズムの鼓動と低音をたっぷり響かせた音像がリアルに迫り、第4楽章のティンパニの最強打は野放図な突出に陥らず、絶大な説得力を誇ります。終楽章は、ボストンの弦の良質な響きが素晴らしく、第4楽章までのドラマを洗い流すような浄化のニュアンスが横溢!この美しさはまさにスコアを微視的に捉えていては到底不可能なニュアンスです!しかも最後のホルン・ソロが完璧な美しさ!「第9番」は、冒頭の32分音符と4分音符の間隔を短くして切迫感を強調しているのがまず印象的。しかし、ここでも大柄な造型力は万全で、全体が一丸となっての熱いドラマ性は変わりません。第2楽章のティンパニと弦の連鎖の俊敏性には、強靭な意志の力が充実。第3楽章の高潔な精神そのものの響きの広がりも、テンシュテットの鋭敏な感性の表れでしょう。深いコクを湛えた木管との響きも忘れられません。弦が弾く第2主題に木管が被さることで醸し出される意味深いニュアンスに至っては、思わず言葉を失ないます。しかし全9曲の中の最高の圧巻は、「英雄」と「運命」でしょう。「英雄」は、テンシュテットとVPOとの唯一の共演。お互いに相性が良くなかったと言われていますが、これを聴く限り、指揮者とオケの個性が完全に融合した感動的な演奏に仕上がっています。第1楽章はテンポこそ中庸ですが、音に灼熱の芯が終始宿り、内面から沸き立つ生命力が見事な緊張感を形成。続く第2楽章は、全曲の中での最高の楽章と言いたいくらい感動的!VPOの豊穣な響きがついに大全開となり、8:14以降は、逞しい造型と、全身で心のもがきを表現する金管の絶叫が心を抉り尽くすのです!この渾身の力感は、VPOがテンシュテットの芸術に心酔しきっていなければ表出されないものでしょう。「運命」がこれまた凄い!プロムス・ライヴも壮絶でしたが、ここではさらに決死の勢いが漲り、何かに憑かれたような緊迫感で一貫しています。第1楽章は、まさに一気呵成!ティンパニの強打が確信を持って轟き、ホルンの容赦ない突き抜け方にも唖然!第2楽章はあまりの感動で全身が金縛り!ティンパニの強打はさらに冴え渡り、荘厳を極めた巨大音像が聴き手の全身に襲い掛かり、緩徐楽章の概念などどこかに吹き飛びます!これでは終楽章までエネルギーが持たないのではと心配になるほどですが、オケの没入が尋常ではないので、その闘志は止まるところを知らず、決ついに決死の勢いで終楽章に突入するのです。キール・フィルは、テンシュテットが亡命後に最初に落ち着いた西ドイツのオケですが、お互いに心中も辞さないようなこの燃え上がり方は、両者の絆が並々ならぬものであったことを物語っています。第2楽章で一瞬ティンパニが勢い余って飛び出す以外は技術的にも万全です。ステレオ・ライヴの「運命」としては、セル&VPO盤と共に「芸術的な灼熱」の極致を行く演奏として忘れるわけにはいきません!

交響曲全集
サー・チャールズ・マッケラス(指)ロイヤル・リヴァプールPO、
B.ターフェル(Br)、J.ロジャース(S)、D.ジョーンズ(A)、P.ブロンダー(T)、他
1991〜1997年 デジタル録音
EMI
5757512[cfp]
(5CD)
“マッケラスが徹底考察を経て世に問う衝撃のベートーヴェン!”
アクセント、アーティキュレーションは勿論、テンポ、奏法に至るまで徹底的に考証を重ねて実現したのが, この絶大な衝撃度を誇るベートーヴェン!ヴィヴラートを抑え、金管を割れるほど突出させるなど古楽的奏法も巧みに取り入れていまが、、アカデミックな冷徹さは微塵もなく、一途な音楽への共感のみが湧き上がってくるのですから、感動もひとしおです。メトロノーム表記を遵守しているので、速い箇所は異常な速さで疾走しますが、響きが決して軽薄にならないのは、彼の熟練の為せる技でしょう。「第4番」序奏部の弦のアルコをピチカートに変更しているは画期的!「英雄」第3楽章、「運命」の終楽章の強靭なホルンなど、聴後も耳を離れません。「田園」は、内声部まで充実しきった目の覚めるような快演で、第2楽章冒頭の弱音器効果はセンスの塊。第3楽章の一糸乱れぬ速さ、“嵐”の驚異のバランス感覚と迫力も衝撃的です。「第9」も解像度抜群!どこまでも清潔なテクスチュアから見事に迫力と推進力も引き出しています。一部のパートの激烈な突出(第1楽章のホルンなど)やアクセントはもとより、最近では珍しくないベーレンライター版による音の変更が今でも新鮮に響くのは、マッケラスの音楽家魂が音に宿っていることの何よりの証しでしょう。また、ここではまだ有名になる前のB.ターフェルの精悍な歌いっぷりも聴き逃せません!こんなに聴き所満載で超買得価格とは、なんともったいない!

交響曲第1番、交響曲第2番
トーマス・フェイ(指)ハイデルベルクSO 2000年 デジタル録音
Hanssler
98-375
“音楽のドラマを内面から噴出させるフェイの稀有な才能に驚愕!”
古楽奏法を取り入れながら、途方もないダイナミズムを謳歌し尽くした快演!「第1番」の序奏から、アーティキュレーション、強弱処理、アクセントに独自の見識を示しながら学究臭を感じさせず、音楽の陰影が濃密なことこの上なし!主部に入ると超快速で猛進し、リズムの切れと弾力による牽引力で、終始緊張の連続です。あえてバランスを破って突出するティンパニやホルンの激烈な叫びも自然そのもので、音楽全体を瑞々しくさせ息づかせる手腕は只事ではありません。第2楽章も快速のアンダンテ。このテンポで夢見るようなニュアンスが止め処もなく溢れさせるのですから、これまた驚き。第3楽章中間部の心のこもった歌も、フェイが音楽を決して頭で捉えているのではないことをはっきりと示しています。終楽章は、いきなり冒頭和音がティンパニのクレッシェンドを伴いながら天に駆け上る勢いで音を長く引き伸ばし、壮絶な迫力でノックアウト!以降はこれまた超快速でまっしぐらですが、そんな中、一つ一つのフレーズの中の強弱設定が緻密を極め、思ってもみないニュアンスが次々と溢れ出します。快速感の中でのニュアンスの横溢振りは、「第2番」でも変わらず、特に両端楽章の声部の熾烈なぶつかり合い、灼熱のリズムによる沸点真っ只中の音楽作りには、ノリントンも霞んでしまう程。第2楽章で、弦がヴィブラートを抑えながら、こんなにふくよかな情感を漂わせた例も他にあるでしょうか?終楽章の0:53でオーボエに一瞬アクセントが施されますが、こういう箇所で全く恣意的な印象を与えず、音楽に真の躍動感を与えるのを聴くにつれ、フェイの全身が音楽で満たされていることを痛感させられます。フェイは、師匠のアーノンクールより数倍過激なモーツァルトの「ジュピター」も録音していますが、自己満足的な痛快さに酔っているだけの演奏も少なくない昨今、音楽に迫真のドラマを息づかせ、何度でも繰り返し聴きたくなる衝動に掻き立てるフェイの感性は、どんなに賞賛しても足りないくらいです。

交響曲第1番、交響曲第4番
ハインリッヒ・シフ(指)ドイツ・カンマーPO 1991年〜1992年、デジタル録音
Berlin
Classics
BC-12502
“泣く子も黙る、指揮者H・シフの恐るべきダイナミズム!”
「器楽奏者の指揮」と聞くと、無意識に本職の指揮者より一段下に格付けして、感動のセンサーを閉じてしまう人が多いのではないでしょうか?正直、私もその傾向がないとは言えませんが、これを聴いたときほど、それを恥じたことはありません!チェリストとしてのシフは、ヴァイオリン的ともいえる軽妙な音色が特徴的ですが、指揮棒を持つと全く別人に変貌!硬い撥を用いた革張りティンパニを核として竹を割ったようなダイナミズムが縦横無尽に溢れているのです。第1番は序奏から声部の輪郭を際たたせて充実しきった響きを引き出し、今後の只ならぬ展開を予感させますが、主部に入るとその予想を遥かに超え、血気に満ちた鋭利なリズムを強調。しかも異様なまでに深い呼吸で圧倒します。結尾のティンパニ強打は空前絶後の凄みを湛え、この瞬間に過去の名演の全てが吹っ飛びます。第4番もC・クライバー盤が霞むほどの威力!極限ともいえる快速テンポを押し通しながら、強引さは全くなし。団員のひたむきな表現意欲と共に目も眩む激情の沸き立ちを見せます。

交響曲第2番、エグモント序曲、ブラームス:ハイドンの主題による変奏曲
パブロ・カザルス(指)マールボロ祝祭O 1969年、1970年 ステレオ・ライヴ録音
SONY
SMK-46247
“入魂一撃!内燃エネルギーの高次元での完全燃焼!!”
「第2番」は、古楽奏法を取り入れない従来の方法で築いたこの曲の録音としては、最高位に君臨する超名演!最初の和音の魂を込めぬいた一撃から内容量満点で、リズムの刻みもとてつもない弾力を誇っています。ホルンの強烈な突出も必然を感じ、その瞬間、更に熾烈な緊張で覆われます。主部のテンポは、荘重そのもの。にもかかわらずリズムは生命感に溢れ、全ての音が異様な意味と熱さを伴って迫り続けます。展開部後半でバスが強靭にゴリゴリと内声を抉り出すなどはほんの一例で、常にスコアから核心を引き上げようとする意思が全編に漲っています。コーダの恐るべきスケール感は、全世界を愛で包み込むようなとてつもない包容力!第2楽章も表面的な美など一切寄せ付けない感性の塊!ポーラ・ロビソン、ミラン・トゥルコヴィチ等が参加するこの最強オケの最高の歌のセンスも聴き逃すわけには行きません。終楽章は勇壮さの極み!悠然たるテンポはここでも変わらず、常に大地にしっかり根を下ろして、入念に引き出したニュアンスを濃厚に敷き詰めます。強靭に張り出すバスが基盤を支えるのはここでも同じで、物凄い発言力を有しながら、全体の推進力を見事に増強させています。そんな感動と緊張感に打ちひしがれながら曲が終わろうとする矢先、全休止の合間で絶妙なタイミングで鳥のさえずりが聞こえるではありませんか!鳥までもがこの演奏を讃えている…そんなわけないのですが、その瞬間、今までの感動が一気に倍増すること必至!

交響曲第1番、交響曲第6番「田園」、ヴァイオリン協奏曲
ヘンリク・シェリング(Vn)、ハンス・ツェンダー(指)ザールブリュッケンRSO 1976年、1982年 ステレオ・ライヴ録音
CPO
999474[CP]

(2CD)
事な凝縮力で迫る磐石のベートーヴェン!”
「第1番」は、序奏冒頭の一撃から量感溢れる凄みで圧倒!内面から湧き出る推進力を、ツェンダーならではの知的なフォルムでキリッと引き締め、終始緊張感に満ちたドラマを展開します。第1楽章では、展開部での第2ヴァイオリンを軸とした各楽器の連携の妙が冴え、ティンパニの雄渾な響きも印象的。終楽章冒頭でリズム、音価の持つ意味合いに徹底的に変化を与えるこだわりも、感覚的に新鮮なだけでなく、音楽的な説得力を持って迫ります。「田園」の晴朗な息吹に満ちた演奏も鮮烈です。第1楽章は、比較的速めのテンポで軽快に運びなが、各パートから淀みない歌が溢れ出て、第2楽章は、しなやかに伸びるフレージングが心地よく、全体が弛緩することは決してなく、全ての表情がツェンダーの音楽への一途な愛情の現われとして、優しく胸に迫ります。第4楽章で、ティンパニの強打を途中でサッと引き上げて弦に主導権を切り替える鮮やかさと、背後の金管の彩りは、知性派ツェンダーの真骨頂!終楽章の清潔この上ないニュアンス表出と声部バランス美しさも、いつまでも浸っていたい魅力に溢れています。ツェンダーは現代音楽の専門家と知られる反面、このような古典作品への純粋な共感ぶりは広く認識されていないのが残念ですが、あのスクロヴァチェフスキの音楽性を愛する方なら、きっと満足されることでしょう。ヴァイオリン協奏曲は、何もしていないようでいて、純粋に語りかけてくる魅力が詰まった冒頭のティンパニから、早速ただならぬ名演の予感!ツェンダーらしい知的なフォームを絶やさず、一貫して緊張に満ちた音楽が流れ出たところで、シェリングの弾き始め第1音が、これまた完熟の音色で一気に引き付けられます。中間11:57以降の「力みのない緊張感」と丹念なニュアンスの醸し出しがひしひしと伝わり、12:40からの甘美な旋律も、自らは酔わず、聴き手の毛穴にじっくり浸透するような、表情を湛えています。カデンツァは、一貫して用いてきたヨアヒムのものですが、シェリング特有の押し付けがましくない緊張の美学が結実。第2楽章では黄昏の微光がきらめくようで、このまま終楽章に突入せずに終わって欲しいと思ってしまうくらいですが、この終楽章が、奇跡としか言い様のない感動で一杯なのです。表面的な技術を超越し、音楽の核心部分だけを抽出してくれる丹念さが高次元に昇華されており、3:17以降のくだりなどは、あまり語られない至純の音色美と、全ての音を慈しみながらの呼吸の妙が涙を誘います。これはシェリングの死の6年前に築いた金字塔として、永遠に語り継がれて欲しいものです。

交響曲第3番「英雄」*、第6番「田園」、第7番、第2番
カール・ミュンヒンガー(指)シュトゥットガルトRSO 1983年*、1985年、全てデジタル録音
DISKY
MP-903849(3CD)
“気品情感を兼ね備えた、由緒正しきベートーヴェン!”
ミュンヒンガーのベートーヴェンは国内盤でも発売され、特に「英雄」も高い評価を得たもののカタログに長くは定着せず、他の3曲はまともに聴いたのか疑わしいほど月並みの評価のまま時が過ぎてしまいました。しかし、初めて全4曲がセット化されたのを聴くと、改めてミュンヒンガーの一貫した芸術信条、未だ語り尽くされていない奥深い芸風を目の当たりにして、後世に遺すべき偉大な遺産であることを再認識させられます。特に第2番、第3番は史上最も格調高い名演奏の一つ。演奏は、アーベントロートの門弟であることを窺わせる一時代前のアゴーギクも散見されますが、それらが古臭いどころか、芳しいニュアンスを伴って立ち昇り、禁欲的という一言で片付けられれがちな巨匠の深い息づかいも感動に拍車をかけます。エキセントリックな表現や分析臭、メカニックな切れ味とは無縁。チャリビダッケが築き挙げたオケの高純度を誇る響き(特に硬めに捉えられているティンパニの響きが絶品)も聴きもの!「英雄」(全楽章リピート省略)は冒頭の2つの和音の打ち込みからして、惚れ惚れするほどのコクと深みに溢れ、テンポは決して急がず、伝統の息吹きを体中に吸収しつくしたミュヒンガーが醸し出す格調高い雰囲気が張り巡らされています。第2主題でわずかにテンポを落としますが、そこに流れる古式ゆかしい風情がまた美しいこと!展開部後半のオーボエの旋律から次第にテンポを落とし、再現部で再び提示部のテンポに浮上しますが、この場面は、バッハを厳格に演奏するイメージの強いミュンヒンガーの知られざるロマン性が滲み出た瞬間として忘れることができません。再現部13:38でさり気なくリタルダンドする技にも鳥肌!後半のテーマ再現では、もちろんトランペットを被せていますが、全声部との溶け合いの中で節度を守った鳴り方が芸術性満点。第2楽章は葬送行進曲としての側面を強調せず、声部の構築と精神的な緊張を持続した感動的な演奏。トリオ主題以降の息の長い幽玄のニュアンスも素晴らしいですが、フーガ主題登場以降、完全に虚飾を配し、無我の境地で構築し続けるひたむきさがそのまま感動につながり、改めてこの作品の偉大さを痛感させられます。第3楽章は、リズム最優先型の昨今の演奏にはない、一時代前の指揮者に自然に備わっていた音楽要素の融合力に感服!馬力で押し切るのではなく、自然にハーモニーが生き生きと湧き上がり、特定の声部を強調するような下心などどこにもありません。トリオのホルンの優美さも必聴。これらの美点を集約した終楽章は、味わいの宝庫!おそらく、上から垂直に振り下ろすような指揮は決してしなかったのでしょう。音がガツンと打ち込まれて衝撃を聴き手にもたらすのではなく、まさに音楽とは「流れる」ものであることをまざまざと思い知らされるのです。緻密なスコアの読みを窺わせる演奏はたくさんあります。しかし、少なくともステレオ録音以降で、そのことを大前提として、出て来る音楽が大河のような自然な雄大さを伴って再現される例というのは、他に思い当たりません。全体を通じて持っても速いテンポを満を持して採用したコーダでは思いがけない推進力が衝撃的ですが、オケの機能美も生き、各声部の連携、ホルン、ティンパニのタイミングも含め、まさに完璧な出来ばえで、感動を確かなものにしてくれるのです。「第2番」(第1楽章リピート敢行)も超名演!ここでも終止無理のないテンポで一貫し、ただ実直にスコアを再現しているだけにも拘らず、全パートの息づき方が素晴らしく、「英雄」以上にアグレッシブな表現になっているのも特徴的。第1楽章で注目すべきは、展開部の恐るべき立体感!7:51から延々と奏でられる低弦の何と意味深いこと!これ以降さ更にハーモニーの緊張を強め、その神々しい構築はカザルス盤と双璧です!第2楽章冒頭の吸い込まれそうなフレージングの美しさ、透明度にイチコロ。しかもこんなに心からの慈愛に満ちた演奏は滅多にないと思います。シンフォニックな厚みも磐石で、古今を通じてこの楽章の最高峰の演奏と断言せずにいられません。第3楽章も「英雄」のそれとは明らかにアプローチが異なり、瑞々しさが際立ちます。最近のベートーヴェンの交響曲の演奏は、全9曲ほとんど例外なく20世紀のものよりテンポが速くなっており、いわゆる「中庸」という概念もより曖昧なものになってしまいました。この終楽章のテンポは、まさにかつての「中庸」の典型で、またそのテンポにして初めて醸し出される奥深さ、声部間の連携の妙などの魅力がたっぷり詰まった逸品です。遊び心をむき出しにするクナとはまさに正反対で、意欲満点のベートーヴェンの才気をシンフォニックに統合した最高の実例として、一人でも多くの方に聴いていただきたいものです。「田園」も味わい志向の音楽ファンの期待を裏切らない名演。ワルターやベームなどの超有名名盤にはない「華」がここにあるのです!「田園」第1楽章、1:47で微かにディミニュエンドする優しさ!木管を際立たせた演奏は多く存在しますが、6:525以降のように、奏者のセンスの高さはもとより、木管が気品香る拍節感を伴って聴き手に擦り寄るなどの魅力を、是非耳全開にして感じてください。第2楽章は、「厳格で冷たい」というミュンヒンガーのイメージを完全に払拭するのに十分な、心温まる演奏。情の通っていない音などどこにあるのでしょうか?木管のセンスはここでも印象的ですが、最後のカッコウのさえずり以降の呼吸の妙といったら言葉になりません!第4楽章は、ティンパニの誇張で凄みを演出するといった安易な手段を用いずに説得力を持たせた数少ない例。終楽章冒頭、囁くように歌われる弦の主題は、愛そのもの。最後まで徹底してインテンポを貫きますが、真の共感に満ちたインテンポは、聴き手の心深くに宿ることを実感できことでしょう。 【湧々堂】

ベートーヴェン:交響曲第3番「英雄」、序曲「レオノーレ」第3番、デュカス:魔法使いの弟子
J.シュトラウス:芸術家の生活
ショスタコーヴィチ:交響曲第9番モーツァルト:「コジ・ファン・トゥッテ」序曲ヒンデミット:ウェーバーの主題による交響的変容コダーイ:ガランタ舞曲
フェレンツ・フリッチャイ(指)ベルリンRSO、
VPO
、RIAS響
1961年2月5日(ベートーヴェン)、1961年(デュカス、コダーイ)、1954年(ショスタコーヴィチ)、
1952年(ヒンデミット)、1950年(J.シュトラウス)、 モノラル録音(デュカスのみステレオ)
EMI(IMG)
CZS-5751102
(2CD)
“フリッチャイの独自の美学を凝縮した感動のライヴ音源集!”
感動の逸品揃い!2枚続けて聴こうものなら、全身虚脱状態に陥ること必至!中でも特に壮絶を極めるのが2つのベートーヴェンのライヴ録音!「レオノーレ」は、晩年特有の神懸り的精神が縦横に張り詰め、火の玉のような激烈さはフルヴェンの存在すら忘れさせます。更に涙を禁じ得ないのが「英雄」!第2楽章冒頭、低弦の悲痛な「もがき」は、死に直面した人間でなければ表出不可能と言えましょう。フリッチャイの決死のダイナミズム、ふと現れるウィットなど、彼が究極の高みに達した時の凄さを体感するために、まず手にして欲しいCDです!「魔法使いの弟子」の細部にわたる表情の多様さも忘れられません。冒頭、師匠のいない間に魔法を使おうとするドキドキ感と神秘の空気の表出は、聴き手にも相当の緊張を強いるほどの求心力。その後は、リズムの躍動と色彩の放射力が絶品で、辺りが水びたしになっていく緊迫感の煽り方、師匠が戻って来て魔法が解ける瞬間のトゥッティの一撃の壮絶さ、最後の透明感溢れる静寂の佇まいなど、これほど濃密なドラマ性を伴って迫る演奏はめったに聴けません!全てライヴ音源。ほとんどモノラル録音ですが、放送音源に拠っているので聴き易いのが嬉しい限りです。

交響曲第3番「英雄」
ヘルベルト・ブロムシュテット(指)ドレスデン・シュターツカペレ 1973年 ステレオ・ライヴ録音
Pirz
4420592[PI]
“堅実さの中に芯の強さを張り巡らせた入魂・ライヴ”
独シャルプラッテンの録音の4年前の熱いライヴ。キリッとした造型を絶やさず、ライヴならではの推進力と緊張を最後まで貫いた見事な「英雄」。最近なかなか耳にすることのできないこのオケの燻し銀の響きもたっぷり堪能できます。第2楽章の冒頭の深々としたニュアンスから醸し出される鬼気迫る空気には息を呑み、それが美しいフォルムの中で気高く響くのは、まさにブロムシュテットならでは。圧倒的というのとは違う、心にしっかり根付く佳い演奏です。

交響曲第3番「英雄」、バルビローリ編曲:エリザベス組曲
サ・ジョン・バルビローリ(指)BBC響 1967年 ステレオ録音
DUTTON
CDSJB-1008
“豊穣な愛の響きに溢れたバルビローリ芸術の最高の結晶!”
「英雄」といえば、あのフルトヴェングラーの'44年盤と'52年盤は別格的な名演として忘れるわけにいきませんが、その厳格な構築感と精神性、渋みを湛えた音色などのベートーヴェンらしさとは全く異なる、バルビローリ独自の美学で貫かれたこの演奏も決して無視できません。その温かな音色、峻厳さよりも豊穣な響きと入念な語り掛けを絶やさない演奏は、微温的とかドイツ的でないとして初発売当初から軽んじられてきましたが、どこをどう聴いても非音楽的なところがないばかりか、ゆったりとしたテンポでこれほどまでに愛と夢を託した演奏をどうして退けることができましょうか!エキセントリックな叩き付けではなく、豊かな音楽としてしっかり響く第1楽章冒頭の和音から、バルビローリの熱い共感をたっぷりと湛え、展開部での木管群の優しい語り掛けにも心奪われます。第2楽章の冒頭も、腹にズシンとこたえる物々しさとは無縁ですが、一貫して歌を絶やさず、それも単に雰囲気で流れるのではない深い味わいを兼ね備えています。8:29からの弦の積み上げのコクの湛え方も聴きもの。終楽章の3:00からの全パートの隅々に渡る克明な表情、4:43からのコントラバスの渾身の弾きっぷりにも是非ご注目を!7:20以降のオーボエから弦の分厚い響きによる陶酔的な風情は、バルビローリファンはもちろんのこと、全ての音楽ファンに触れていただきたい至福の瞬間です。ワルターの晩年の「英雄」の演奏に感動された方なら、きっとバルビローリの愛の語り掛けもお分かりいただけると思います。

交響曲第3番「英雄」、交響曲第5番「運命」、コリオラン序曲、序曲「レオノーレ」第3番
サ・エードリアン・ボールト(指)LPO  1957年 ステレオ録音
VANGUARD
ATMCD-1191
(2CD)
“ボールトの崇高な精神美学の最高の結晶!”
この「英雄」は、崇高な精神が漲る名演として、「ブラ4」などと並んで心の深部に浸透する名演です。中庸なインテンポでどこまでも端正な造型を守りながら、全ての音が熟しきった表情と強固な主張を持って迫ります。第1楽章は、いかにも感情を煽るようなそぶりを一切見せずに一見淡々と進行しますが、全声部の自然な凝縮と風格美が絶品。最後の主題の再現ではもちろんトランペットを被せていますが、決して派手に突出せず、同時に低弦の副旋律の動きを強い意思で浮き彫りにする配慮などは、ボールトの実直さと内面の熱い精神の高揚を如実に示し、本当に良質な演奏に触れているという実感が湧き上がります。第2楽章も少しもテンポを引きずらず、一音ごとに丹念に表情が立ち上がります。特にトリオの充実ぶりは感動的で、最初のトリオ主題を奏する木管の自然な語り口を経て、草書風の呼吸で緊張の度合いを高めながら格調高い山場を迎えるまでの揺るぎない進行には、音そのものに威圧感がないだけに、心の底から揺さぶられます。第3楽章のホルンの音楽的な興を備えたハーモニーも印象的。終楽章も冒頭からここまでインテンポを守り通した演奏も珍しく、それが強引にならずに丁寧に各フレーズの表情を引き出しながら進行するので、ドライな感触など皆無。コーダのしっかり大地を踏みしめるような着実な進行も、内面の充実の極み!感覚的な快感とは異なる味わいに溢れているのです。「運命」も同様のスタイルに徹した名演。特に決然とした意思が厳格なリズムと懐の深い表情に満ちた第2楽章は、何としてもお聴きいただきたいものです。珍しく攻撃的な闘志を燃やす「レオノーレ」第3番もお聴き逃しなく!これはドイツ流儀以外の演奏としては、最高位に位置する名演です。録音もステレオ初期のものとしては非常に優秀で、自然な音場感と明晰さを備えています。

交響曲第4番、交響曲第7番、トルコ行進曲
ルネ・レイボヴィッツ(指)RPO 1961年 ステレオ録音
Chesky
CD81
“時代を先取りしすぎたレイボヴィッツの不運!”
レイボヴィッツと聞くと、すぐに条件反射的にリーダーズ・ダイジェストのLPでよく聴いたガーデの「ジェラシー」を思い浮かべます。その痛快で雰囲気満点の演奏に結構ハマっていたのですが、彼が指揮する他の曲を聴くにつれ、その響きが、他の演奏にはない研ぎ澄まされた感覚というか、色合いの違いが妙に気になり出したのです。そんなある日、ベートーヴェンを聴いてビックリ!フルトヴェングラーやワルターといった精神的な高みが不可欠とされている中、トスカニーニともはまた違う、スコアをリアルに再現することだけに徹した尖った演奏を堂々と披露し、しかもそれが自分の生まれる前に録音されていることを知って、大きな衝撃を受けたのでした。フルヴェンのベートーヴェンに息づく精神は不滅です。しかし、そんな目に見えない精神性より、今現実的に聞こえる音が重要とばかりに、スタイリッシュにスコアを鳴らし切るその心意気にすっかり惚れてしまったのです。しかし、どの名盤ガイドを見てもいつもお決まりの巨匠の名が並んでいるだけで、レイボヴィッツの名前などどこにも見当たりません。しかしその後、レコ芸の企画で、丸山桂介氏一人が気を吐いて、ベートーヴェンのほとんど全ての曲をベスト盤としてあげているのを発見して驚喜!レイボヴィッツの信念も天晴れですが、丸山氏の掟破りの熱い賞賛の言葉に触れて、強い味方を得た思いでした。さて、現在レイボヴィッツはどのように捉えられているかといえば、これが未だに「マニア向け指揮者」の域は脱していないようです。なぜでしょうか?昔ほどではないにせよ、今でもメジャー志向が根強いのは事実です。しかし、それだけが原因ではないような気がします。今改めてこのベートーヴェンを一個の演奏として聴くと、各声部の補強や妥協のないアーティキュレーションなどの魅力は決して色褪せておらず、一つとして「ただ鳴っているだけ」の演奏などありませんが、その先鋭性が優位に立ちすぎて、一般的な意味での感動や味わいとは異質なものとして聞こえるるのがネックになっているのではないでしょうか?しかし一般的なイメージがそうであったとしても、ひときわ音楽的なニュアンスに溢れている演奏があります。「第4番」です。第1楽章の序奏から響きの均衡だけでなく意味深さを湛えていて、主部以降一貫している鋭角的なリズムにも、心からの共感が滲んでいます。展開部ではホルンの大々的な補強が飛び出しますが、これが実に効果的。第2楽章でも媚びた表現などどこにもないのに、ちょっとした弦のヴィブラート、一瞬の木管のフレーズにも「興」を感じさます。「第7番」の第1楽章はビーチャムばりの高速で、リズムは真剣に沸き立ち、第2楽章の歌も本当に心に染みます。この楽章の2:15程からティンパニが加わってくるあたりまでの深みは必聴です!この2つの交響曲に限らず、レイボヴィッツのヴィジョンとロイヤル・フィルの特性、そして聴く人のツボが見事に合致して、音楽として迫ってくる貴方だけの瞬間を是非探してみてください。
※全集には、序曲「レオノーレ」第3番、エグモント序曲、も併録。

交響曲第4番、交響曲第5番「運命」
オットー・クレンペラー(指)バイエルンRSO 1969年 ステレオ・ライヴ録音
EMI
5668652
“異様なまでの精神の高揚!クレンペラー芸術の頂点を極めた巨大なベートーヴェン!”
2曲とも、思い描くスケールをはるかに超えており、神々しい精神力と一体となった怒涛のフォルティッシモと、確かな芯を確保したピアニッシモが厳格な骨子を持ったドラマとなって迫ります。「第4番」は、クライバーのような一気呵成型とは対極的な演奏であることは言うまでもないですが、この大河そのもののうねりは尋常ではありません!第1楽章の序奏はむしろ淡白なくらいですが、主部に入るやいなや大伽藍がそびえ立ち、悠然たるテンポで、感覚的な美感を超越した凄みに最後まで圧倒されます。更に凄いのが「第5」!VPOとのライブも壮絶なものでしたが、こちらはオケに際立った個性がない分、クレンペラーの意図が完全に反映されているばかりか、スケール感、トゥッティの重量感において、これに拮抗するのはクナくらいではないでしょうか?終楽章に至っても色彩的な華やぎには目もくれず、恐ろしく頑丈な構築一本で勝負する、一匹狼クレンペラーの面目躍如!録音も優秀。

交響曲第5番「運命」、交響曲第4番
ラファエル・クーベリック(指)バイエルンRSO 1969年、1979年 ステレオ・ライヴ録音
Audite
AU-95493
“慌てず騒がず、不動の安定感を誇る高貴な『運命』!”
鋭い切り込みと畳み掛ける音のパワーで圧倒する演奏とは一線を画す、格調高い「運命」です。第1楽章の運命動機の全ての音を克明に刻むところから、勢いに任せるそぶりが皆無。中庸のテンポに充実しきった内声バランスを湛えながら、一貫した緊張を保ち続けます。全声部が室内楽的ともいえる透明さを湛えながら、くっきりとした音像で迫るのも魅力です。第2楽章も誠実この上なく、一音たりとも聴き逃せない充実した響きがびっしり敷き詰められていて、この声部の緊密な凝縮力は、まさにクーベリックの真骨頂!4:26からのチェロの音型がこれほど丹念に意味深くうごめく演奏が他にあるでしょうか!第3楽章も、実に端正かつ立体的な造型が説得力絶大。終楽章の熱いエネルギーが外に発散することなく、じっくり熟してからゆとりを持って確実に聴き手の耳の届けられる風格も、例えようもない素晴らしさ!3:18から、第2ヴァイオリンの熾烈な動きが耳を捉えますが、こういうところでも全く意図的な臭いを感じさせないのです。コーダも十分な力感を湛えていながら、威圧感よりも完熟の響きそのものが心を打ちます。心の底から良い音楽を聴いたという実感に浸れる名演奏です。第4番も、もちろん同様のスタイルで一貫。

交響曲第5番「運命」ウェーバー:交響曲第1番、ワーグナー:楽劇「トリスタンとイゾルデ」第1幕前奏曲と愛の死
ルドルフ・ケンペ(指)ドレスデン・シュターツカペレ 1956年6月28日ドレスデンでのライヴ
Archipel
ARPCD-0328
“揺るぎなき燃焼!ケンペのベートーヴェン:「運命」他”
正規盤初出。ウェーバーの交響曲は終始やる気満々!特に終楽章の馬力は物凄く、聴衆の拍手も、一瞬放心状態となったのか、しばらくしてからパラパラと開始されるほど。
ワーグナーもかなり作品に没入したアプローチで、前奏曲の冒頭の溜め具合はクナを思わせる抉りの深さ!モノラルながら音色に腰と芯を感じさせ、豊穣なロマンの息吹が内面から滾々と湧き出す様は心の深部に浸透します。「愛の死」もオケのみの演奏ですが、ソプラノが欠ける事の不満を一切感じさせないほど、迫真のニュアンスが淀みなく流れ出し、最後の数分間にいたっては恍惚美の極み!まさに強固な愛の結晶を見る思いで、フレーズが根底から揺さぶりを掛けるのです。
「運命」がこれまたミュンヘン・フィル盤をはるかに凌ぐ名演!第1楽章冒頭テーマで、晩年のクレンペラーを思わせる遅いテンポで一音ごとに克明に音を打ちつけるスタイルが予想外。ここでも音楽の深みが素晴らしく、極めて無骨な構築も、骨董品的な古めかしさに止まらずに強烈に訴えかけるものがあります。2、3楽章も重心の低い剛直な表現で、てこでも動かない強靭な意志の力が音に漲っています。終楽章のみがやや速めのテンポで疾走しますが、その怒涛の闘志があまりにも見事!もちろんスポーツ的な快感とは無縁。ピッコロを蔑ろにせず、後半に向かって音楽が内燃のパワーを一層高めて感動的な結末を迎えるまで、息をつく暇を与えない見事な緊張!録音状態もストレスを感じさせずもまずまずの出来栄え。ケンペ・ファン、「運命」ファンの必聴アイテムです!

交響曲第5番「運命」、交響曲第7番
クルト・ザンデルリンク(指)フィルハーモニアO デジタル録音
EMI
5725052
廃盤
“英国オケから引き出した、重厚壮大なドイツの精神美学!”

交響曲全集
DISKY
ROY-70522
(5CD)

巨匠ザンデルリンクが''80年代初頭に完成させた交響曲全集からの分売。初発売時は、さっぱり話題にならなかったのが今でも不思議なほど、伝統の重みを感じる名演です。スケールが大きいだけでなく、気品と温かさが一体となった実に豊穣な響きそのものにまず感動!身を粉にしてニュアンスを出し切っているフィルハーモニア管の功績も相当なものです。「第5番」の第3楽章の恐るべき立体感とバランス感覚、終楽章のティンパニとピッコロを浮き立たせた意味深い響きに是非ご注目を!「第7番」は、冒頭トゥッティのなんとエレガントなこと!ホルン、フルート等を終始強靭に響かせる様にはクレンペラーもびっくりでしょう。

交響曲第5番「運命」、バッハG線上のアリア
ヘルベルト・ケーゲル(指)ドレスデンPO 1989年 デジタル・ライヴ録音
Altus
ALT-056
“暗鬱の極致!ケーゲル最後の来日公演は全てが異常!”
これは、通常の名演の概念とは全く次元が異なります。一人の人間の苦悩が完全に音に転化し尽くされ、不気味な生々しい空気が醸し出されるといった「事件」が、まさに目の前で繰り広げられることのショックが全身を襲う、“演奏行為を超えた演奏”です。それだけに、「運命」を聴こうとするときに気軽に棚から取り出す気になれないCDでもあります。当時FMでこの演奏を聴いた私は、「運命」の第1音から只ならぬ空気を発していることに仰天しました。そのどこか血の気の失せた「無」に近い音、強さを装いながらも本当は立っていられない様な不安定さが、強烈に切り込んでくる演奏とは逆の意味でショッキングだったのです。もちろんケーゲルがこの後ピストル自殺することなど、想像もできませんでしたが、この時の彼の精神状態が平常でなかったことは、今聴いてもはっきりと感じ取れてしまいます。第3楽章の不気味かつ意味不明のルフトパウゼ、終楽章冒頭の“ドーミーソー”の異常な引き延ばしなど、造形的にも破綻寸前。全体を通じて、いかにもドイツ的な重厚な響きに溢れていますが、崖っぷちのぎりぎりのところで必至に振り絞った音楽と一体となっての壮絶なニュアンスは、音楽的な感動以上のものをもたらすのです。これがデジタル録音で蘇っては、リアル過ぎてぎて、ちょっと辛いものがあります。ただ、クラシック・ファンならこの演奏を一度は体感しておくべきだと思います。人生には、怖くても直視しなければならないことがあるのです!

交響曲第5番「運命」、モーツァルト:交響曲第40番
フェリックス・プロハスカ(指)ウィーン国立歌劇場O 1958年 ステレオ録音   ※モーツァルトはモノラル
VANGUARD
08616571[VA]
“オペラたたき上げ指揮者の典型、プロハスカの底力!”
廃盤
プロハスカは歌劇場を中心に活躍し、バッハの権威としても知られる指揮者。ウィーン国立歌劇場との付き合いは1945年以来のものなので十分に気心は知れていたと思いますが、彼の意図する直截な音楽作りが終始徹底され、ウィーン的な柔和さとは違う凝縮力の高いアンサンブルを築いているのにまず驚き!とにかく凄い迫力です。オペラ指揮者としての血がそうさせるのか、その振幅の大きなドラマの展開、各パートの強力な連動ぶりは、優雅なアンサンブルを旨とするオケの性質を考えるとなおさら驚異的です。第2楽章の山場で、ティンパニの凄い発言力と共に壮麗に音楽がそびえる様はまさに圧巻!終楽章は、各パートのバランスとクレッシェンド効果に徹底したこだわりを見せながら、火の玉のような豪快さ!セル&VPOの「運命」を愛する方、ティンパニ好きな方は、特に必聴です!

交響曲第5番「運命」、ピアノ協奏曲第3番、「エグモント」序曲
ジョージ・セル(指)VPO、エミール・ギレリス(P) 1968年 ステレオ・ライヴ録音
ORFEO
ORFEOR-484981
“VPOを極限まで絞り上げた、セル晩年の旋律の「運命」!”
やはり「運命」は、この驚異的な演奏をあげないわけにはいきません。セルの厳格な芸術信条がライヴでも全く揺るぎないことはもちろんのこと、優雅さを売りにするVPOに、完全無比なアンサンブルを徹底させ、凄まじい表現意欲を注入し尽くしています。VPO側も命に関わるような緊迫感を伴って、その過酷な要求に完全に応えているのですから感動もひとしおです。基本的なスタイルは、SONYのステレオ録音と変わりませんが、音の厚み、重量感など、聴き応えという点で大きくそれを凌駕しています。金管補強の効果や終楽章展開部直前でのテンポルバートもスタジオ録音同様ながら、一層凄みを湛えて迫り、第2楽章冒頭の呼吸の膨らみ、終楽章最後の豪快な畳み掛けは、VPOがセルに完全降伏して、持てる音楽性の全てを全開にさせたなによりの証しです。他の2曲もとても気軽には聴けない逸品!録音も鮮烈です。

交響曲第6番「田園」、交響曲第5番「運命」
ユージン・オーマンディ(指)フィラデルフィアO 1966年 ステレオ録音
SONY
SRCR-1503
“「田園」終楽章に聴く、頑固な職人芸の究極美!”
この巨匠が、未だ不当に不当な評価しか得ておらず、遅々としてCD化が進まない(とくにCBS録音)ことにことにもどかしさを禁じえません。と言うものの、実は私も、彼の魅力に気付いたのは30代を過ぎてから。それまでは、通俗曲を分かりやすく演奏するだけ(それだけでも大変なことですが)の人としか思っていませんでした。しかし、先入観を排して聴けば聴くほど、彼独自の色彩感はもちろんのこと、端正な造型力と、作品本来の魅力を愛情を持って引き出す技に感服するするようになったのでした。この「田園」もそのことを痛感させる一枚として忘れられません。第1楽章の、雰囲気に流されない確かな拍節感、自然に息づくテンポ、第2楽章のデリカシーに満ちたアゴーギク、第4楽章のハッタリを許さぬ造型力など、全てが音楽への誠実な奉仕者としての姿勢から滲み出るものに感じられます。そんな中、どうしてもお聴きいただきたいのが、終楽章の中盤(4:01〜)!テーマが軽妙なピチカートに乗せて歌う箇所ですが、このピチカートの潤いある表情とアンサンブルの妙は、何度聴いてもほれぼれするほど魅惑的なのです。それなのに、そんなことお構いなしの廉価盤仕様とは…。
※輸入盤でも、5番〜8番をを収録した2枚組CDでも発売済み。

交響曲第6番「田園」、エグモント序曲
ヘルベルト・ケーゲル(指)ドレスデンPO 1989年10月18日 デジタル・ライヴ録音
Altus
ALT-055
“のどかな田園を突き抜け、天上から語りかける神の声!”
「田園」の序奏冒頭から衝撃的!結尾の一音をテンポを落としながら異常に引き伸ばし、さらに不気味なパウゼを挟んでからやっと主題が滑り出すのには、慈しみを超えてこの世のはかなさを映すかのようなニュアンス。その後も独特のアーティキュレーションを駆使してテヌート気味に切々と歌われるので、「楽しい気分」というより得も言われぬ幻想を秘めた音像が広がります。第2楽章に入るとそこはもう天上世界!これ以上魂を込めようがない入念なフレーズがゆったりと流れ、テクチュアはどこまで行っても至純の極み。後半のカッコウの囀りも天使の囁きのように意味ありげに語り、深い呼吸を湛えたまま優しく失速するコーダの美しさもこの世のものとは思えません。第3〜4楽章は随所に現われる粘着質のフレージングが心を抉り、どこか猟奇的な雰囲気が鮮烈。、テンポの切り返しのが鮮烈!終楽章に至っては、感動という一言では収まりません!第1〜2楽章同様、ここでも音像自体は透明な美しさに溢れていますが、後ろ髪を引かれるような寂寥感と、もう後はないような切迫感が渾身の弦の響きにも強烈に絞り出す金管の響きにも立ち込めているのです。コーダ8:13以降の失速のうちに呼吸が鎮まっていく様は、涙なしに聴ける人がいるでしょうか!カップリングの「エグモント」がまた凄い!最初の和音が音量を抑えて緊迫感を孕み、再度繰り返される際には金管を激烈に突出させて内面のもがき苦しみを惜しげもなく表出。ケーゲル特有のテヌートもこの曲では一層顕著で、それによって精神的な浮き沈みが生々しく立ち昇ることになります。終結部も音を外に向かって放射することを意地でも避け、中低音重視の純ドイツ的な音像の厚味を湛えながら、内面からの燃焼と意志の強さで圧倒します。この意味深い求心力も、他に類例を見ません。ぜひとも、「運命」のCDと併せてお聴きください。

交響曲第7番、交響曲第8番
タマーシュ・ヴァーシャリ(指)ブタペストSO 1997年 デジタル・ライヴ録音
HUMGAROTON
HCD-31721
“終楽章異常高速!指揮者の中の指揮者、ヴァーシャリの真骨頂!!”
ヴァーシャリのベートーヴェン全集がいきなり市場に登場した時には、指揮者の試金石とも言えるベートーヴェンを引っさげる度胸に感心すると同時に、これ以上安易に競合盤を増やされては困るという懸念を抱かざるを得ませんでした。しかし、これこそまさに聴くまで絶対に中身の凄さなど予想できない逸品の代表格です!1つとして駄演のないこの全集の中でも特にこの「第7番」は飛びぬけて素晴らしく、指揮が単なるピアニストの余技ではないことを示すのみならず、指揮者としての比類なき個性とバランス感覚を最も強烈に印象つける激演です。第1楽章の序奏は大らかに突き進みながら、響きの充実度が高く、音色、音の重量感の志向が明確に打ち出されていることが分かります。主部に入ると、リズムの律動を確実に浮き彫りにしながら、決して深刻ぶらずに一途に激情を飛翔。展開部7:40でほんの一瞬ルフト・パウゼを置きますが、それによって楽想の変わり目を細やかに描き分ける配慮も見事。そしてコーダ締めくくりの強靭な打ち込み!第2楽章は明確に拍節感を出そうとするあまり強弱が恣意的に聞こえる演奏もありますが、ここでのフレージングはまさに理想。テンポのごく標準的で、演出は一切ありませんが、最初にティンパニが登場するまでの間に脈々とフレーズが息づき、聴き手に心にビリビリと迫るものがあります。そのティンパニが入る直前の呼吸の溜めの絶妙さは、このオケとの絆の熱さを物語る瞬間です。テンポ選択のセンスを痛感させられる第3楽章も印象的。マーチ風に駆け抜けず、しっかり足場を見つめながらの重厚な響きが素晴らしく、スケルツォだからといって気軽に接するそぶりなど微塵も見せません。ベートーヴェンの音楽を確実にイメージし、それをオケに伝達する能力が完全に備わっている指揮者だけが可能なこの響きの充溢ぶりに是非堪能してください。更にこの演奏の凄さを決定的なものにしているのが終楽章!演奏時間は6分33秒と印刷されていますが、これは拍手込みの時間。実質6分そこそこです!出てくる音がまた凄い!まさに弾丸!もう言葉が出ません。これを聴いて何も感じない人がいるでしょうか?「第8番」も隅々にまでヴァーシャリの意思が浸透し、その揺るぎない設計力に脱帽。終楽章でかなりアクセントを意識して強調していますが、こういうところで高度なバランスを伴って求心力の高い音を引き出せる指揮者がどれだけいるでしょうか?

交響曲第7番、交響曲第4番 +序曲「献堂式」
シャルル・ミュンシュ(指)フランス国立放送局O 1963〜1964年 モノラル・ライヴ録音
Valois
V-4825
“師フルトヴェングラーとの体験が生んだミュンシュの炎の名演!”
LIVING STAGE
LS1032
(2CD)
第7番は、冒頭から衝撃的!直情型のダイナミズムを誇るミュンシュにしては珍しく、重心の低い粘り越しでフルヴェン張りの精神的高揚を見せるのです。しかし主部に入るや、誰も止められないあのミュンシュ特有の激情がすぐに炸裂。コーダでトランペットとティンパニのペアを突出させるのは、いかにもミュンシュ的で痛快の極みです。第2楽章は、大河の如きうねりから醸し出される高貴な威厳と終結部での意外なほどの余韻が感動的。終楽章ともなるとひたすら驀進、と思いきや、ここでも破格の重量感を絶やさず、強烈なインパクトを残します。第4番も同傾向の壮大なスケール名演。ミュンシュの芸風については、無意識にボストン響との熱演のイメージを前提に捉えがちですが、それはあくまでもボストン響とのコンビネーションが生んだもので、彼の全てを表していないことに気付かされる次第です。
※LIVING STAGE(LS 1032/2CD)と同一録音。併録は、シューマン:交響曲第4番、ブラームス:第2番。これらも名演。

交響曲第7番 +英国国歌、メンデルスゾーン:「美しいメルジーネ」序曲、アディソン:バレエ「白い手帳」
サー・トーマス・ビーチャム(指)RPO 1959年 モノラル・ライヴ録音
BBC
BBCL-4012
“80歳のビーチャムが大噴射!終止怒涛のベートーヴェン!”
とにかくこの「ベト7」の燃え方は異常です!とてつもなく速いテンポ゚で噴煙を上げながら爆走し、第2楽章でいかにもビーチャムらしいチャーミングな歌を紡ぎ出す以外は、すべての音が真っ赤に燃え盛っており、終楽章に至っては、金管、打楽器の狂暴さに唖然とするばかりで、あのシェルヘンでさえ出る幕なし!アディンソンの佳曲のDやEでの粋なリズム感も枯れることを知らないビーチャムならではの至芸です。録音もモノラルながら実に鮮明です。

交響曲第7番 、エグモント序曲、 序曲「レオノーレ」第3番
エンリケ・バティス(指)LSO、RPO ステレオ録音
メキシコ州立響
EB-14
“古典様式枠ギリギリまでアドレナリン大放出!”
自身の感性を全開にしながらも古典様式を逸脱しない、バティスの見識の高さを思い知らされる1枚。オケ(特に金管)の鳴りっぷりは仰天ものですが、鳴り過ぎなどと言わせないだけの凄い意気込みで最後まで一気に猛進し、聴き手を釘付けにしてしまいます。第1楽章の序奏から主部への鮮やかな転換、コーダの全合奏のバランス統制の効いた雄叫びは説得力大。第2楽章も響きこそ晴朗ですが、徹底した粘り腰で悲哀を引きずる様はあのラテン気質からは想像できないほどで、微かなピチカートさえ感じ切っています。終楽章は、ホルンの絶叫ぶりをはじめ、それこそバティスならではの音彩が溢れていますが、リズムの重心はあくまでも低く保ち、スポーツ的な軽さに陥るのを避けているのには恐れ入ります。「エグモント」も迫力満点で、コーダは絢爛豪華!2曲ともロンドン響の起用というのも、効を奏していると言えましょう。

交響曲第8番ヘ長調、ドヴォルザーク:交響曲第8番
ハルトムート・ヘンヒェン(指)オランダPO 1993年、デジタル・ライヴ録音
VANGUARD
99016[VA]
“旧東独の伝統と自身の感性を完全に融合させた、格調高いベートーヴェン!”
下記のプレヴィンがワルター風とすれば、これは晩年のクレンペラー風とでも言いましょうか、とにかくこのベートーヴェンが鳴り出した途端、その予想外の風格美にまずあっけに取られます。テンポこそオーソドックスですが、ティンパニを中核とした勇壮な響きが素晴らしく、物々しさを装うのではなく、あくまでもフレージングは瑞々しく、有機的に沸き立つので、魅力はさらに倍増!第1楽章第2主題途中のリタルダンドも、思考優先型ではなく、呼吸が伴っているので実に自然。展開部で低弦に主旋律が移り、次第に音を積み重ねていく過程のでの緊張の増幅振りもまさに巨匠風。この間のティンパニの素晴らしいブレンド感にも息を飲みます。第2楽章はやや速めのテンポで小気味よく弾みますが、粋な語り掛けの風情も絶やしません。第3楽章冒頭は、一音おきにスフォルツァンドの指定がありますが、この指示をさり気なく生かすところや、中間部ののどかな管楽器のフレーズ(特にホルンの巧さ!)と共に、断続的に弦が刻む細かいリズム音型をしっかり浮き立たせるあたりにも、ヘンヒェンの音楽センスを痛感。終楽章は近年示し合わせたように超快速で突き進むのが常識のようになっていますが、ヘンヒェンは地に足を下ろし、リズムのアクセントを大切にして「自分自身の感じる」アレグロ・ヴィヴァーチェを貫徹!全曲を締めくくるに相応しいスケール感で、ますますこの演奏がかけがえのないものでることを確信するに至ります。ドヴォルザークも見事な演奏で、特に第3楽章はデリカシーとやや暗いトーンが見事に融合し、表情が完全に結実していて心に染みます。終楽章は、主部に入った直後に大きくテンポ・ルバートが掛けるのにはビックリですが、旧東独の美観を滲ませた瞬間ではないでしょうか。

交響曲第8番ヘ長調、第7番、第9番「合唱つき」*
パウル・クレツキ(指)チェコPO 1967年、1964年* ステレオ
SUPRAPHON
SU-3455
(2CD)
“クレツキとチェコ・フィルの個性ががっちり手を組んだ名演!”
クレツキ&チェコ・フィルによるベートーヴェン全集は、どの曲もベートーヴェンの一般的なイメージからあまりにも遠いので広く注目されず現在に至っていますが、この「第8番」は特に傑出した名演で、これだけでもクレツキ、チェコ・フィル双方の魅力をたっぷり堪能できるという意味からも是非味わって欲しい録音です。第1楽章、機能性よりも木目調の風合いを生かした純朴な響きが心を捉え、続いて低弦がゴリゴリと唸りを上げ(0:14)ながらリズムに独特のスパイスを注入。しっかりと意思を宿しながら弦は最後まで弾き切っているのは、チェコ・フィルが乗りに乗っていることを如実に表しています。展開部も何の変哲もない進行と続けながら全声部が強固に凝縮され、芯から熱したハーモニーを引き出しているのです。再現部後半9:02からの圧倒的な高揚はスタジオ録音では珍しいほど。その直後の固いスタッカートはアンチェルのそれを彷彿とさせるのがこれまた興味深く、ワクワクする瞬間は尽きません。第2楽章も単に平和裏に済ませた演奏ではなく、これほど全パートがしっかり前を見据えて主張し尽くしている演奏があるでしょうか?演奏のリズムもなんと人なつっこいこと!木管の愉悦感もさることながら、ここでも低弦の生々しい動きが粋な雰囲気を醸し出します。第3楽章も内声の充実ぶりには息を飲み、特に中間部はこれ以上味わい深い演奏を知りません。終楽章でこの演奏の凄さを更に確信!開始間もない0:17、トゥッティに飛び込む直前で絶妙な間合いを持たせてグンと踏み出すその絶妙さ!チェコ・フィル絶頂期とは言え、0:44で微かにポルタメントがかかるタイミングの良さと言い、奇跡的ニュアンスの連続。4:09以降の彫琢の深さ、声部のぶつかり合いの意味深さにも言葉を失うばかりです。これはチェコ・フィルのステレオ録音の名演として絶対外せないばかりでなく、心ある人ならラフマニノフの交響曲第2番と共にクレツキの底力を思い知ることでしょう。

交響曲第8番ヘ長調、交響曲第7番イ長調
アンドレ・プレヴィン(指)RPO 1987年 デジタル録音
BMG
09026-68930

廃盤
“ワルター以来の風格と温和さを醸し出した奇跡の“ベト8”

BMG
BVCC-38488
税込定価
私のプレヴィンに対するイメージは、ジャズ畑という先入観からかなりライトなものでしたが、N響演奏会での細部へのこだわり、たっぷりとした響き、ロマンティックな表情に溢れる名演に触れて、すっかりプレヴィンの音楽家魂に打たれてしまいました。このベートーヴェンを聴いたのは、そのN響体験前でしたし、彼のベートーヴェンといえば、LSOとの精彩を欠く「運命」しか知らなかったのですから、衝撃も相当なものでした。2曲のうち、特に感動的なのが第8番!指揮者の名を伏せて聴かせたら誰もプレヴィンだと思わないでしょう。テンポといい、音色の温かさといい、ワルターを思わせる味わいの深さが格別!第2楽章の素朴な風情を生かした演奏が近年どれだけ聴けるでしょうか?プレヴィンの力量と「ベト8」の魅力を再認識すること必至です!

交響曲第9番ニ短調「合唱つき」
フィリップ・ヘレヴェッヘ(指)シャンゼリゼ劇場管、ラ・シャペル・ロワイヤル、
コレギウム・ヴォカーレ、D・ヘンシェル(Br)、E・ヴォットリフ(T)、M・ダイナー(S)他
1998年 デジタル録音
H.M.F
HMC-901687
“清々しいテクスチュアで描き切ったヘレヴェッヘの“第9”!”
ベーレンライターの新版を採用してますが、D.ジンマンの即興性を生かした個性的な解釈とは異なり、表面的には極めて穏健。しかし、演奏は決して平凡ではなく、ヘレヴェッヘらしい清潔なテクスチュアを貫き、生きることの喜びを美しく歌い上げています。あの 『ドイツ・レクイエム』の名演に心打たれた方なら感じられると思いますが、その感覚的な美しさが皮相に陥らず、実に求心力の強いドラマとして展開され、聴後に得も言われぬ余韻を残すのです。第2楽章中間部は、それまでの倍のテンポに転換させますが、同じ手法を採ったチェリビダッケよりも展開が自然。終楽章コーダの、腰を据えた品格ある進行も流石。歌手陣で注目は、何と言ってもフィッシャー・ディースカウ門下のヘンシェル!安定感抜群のフォームから引き出される語り口の妙をたっぷりご堪能ください!

交響曲第9番ニ短調「合唱つき」
ラファエル・クーベリック(指)バイエルンRSO、Cho、
ドナート(S)、ファスベンダー(A)、ラウベンタール(T)、ゾーティン(Bs)
1982年5月14日ヘラクレス・ザール
デジタル・ライヴ録音
ORFEO
ORFEOR
-207891
激しさと優しさが完全調和した、高次元の“第9!”
クーベリックの全交響曲録音の中でも特に傑出して感動的な名演!破綻のない風格豊かな造型の中で、精神的深みを湛えた音像がくっきりと立ち上がり、得も言われぬ感動を誘います。第1楽章のトゥッティでピッコロ等の木管を埋没させずに格調高い迫力を生むのは、まさにクーベリックならではの芸。第3楽章は、楽器間の呼応が穏やかな清流の如く淀みなく、全体の響きは豊かな厚みと優しさを湛えています。終楽章は、ファスベンダーを筆頭に歌手陣全てが完璧!コーダは安易な狂乱とは無縁の安定感が圧倒的!何度も聴きたくなること必至です。

交響曲第9番ニ短調「合唱つき」
ヘルベルト・ブロムシュテット(指)、シュターツカペレ・ドレスデン、
E.ヴィーンス(S)、U.ワルター(A)、R.ゴルトベルク(T)、
K-H.シュトゥリチェク(Bs)、ドレスデン国立歌劇場cho、他
1985年 デジタル・ライヴ録音
Delta
14566[DE]
“燃えても美しい!ブロムシュテット&ドレスデンの名コンビが放つ灼熱の精神芸術!”
ゼンパーオーパーの再建記念コンサートのライヴ。この曲のステレオ・ライヴ録音の中では、クーベリックのorfeo盤と共に忘れられない名演で、この名門オケが本気で燃えたときの凄さを思い知らせれます。奇を衒わず、コクのある響きが峻厳な造型で立ち昇り、内面からの意気込みと精神力が最後まで途絶えません。第1楽章の最初の弦のトレモロの息を潜めた弱音から緊張が漲り、微温的な脆弱さとは無縁。展開部のティンパニ強打の絶大な発言力を伴った渾身の高揚、コーダの灼熱の凝縮力と荘重な響きは、まさにベートーヴェンそのもの。第2楽章もティンパニの固い最強打がトゥッティで見事に全体と溶け合う様が鮮烈を極めます。リズムのアタックは確信に満ち、単に伝統に寄りかかった漫然とした響きを寄せ付けないところにブロムシュテットのひたむきな曲への共感を感じずにいられません。第3楽章の透徹しきったテクスチュアの一貫性、本当の意味でオケの自発性を引き出したふくよかなフレージングセンスも琴線に触れます。ティンパニの激烈強打で始る終楽章のパワー放射力は圧巻!マーチに入る前の最強の一撃の意味深さも忘れられません。合唱の素晴らしさも特筆もので、“歓喜の合唱”はもちろんのこと、その後も一貫して合唱独自の存在感をもって揺るぎない主張を聴かせるのです。コーダはまさに打楽器総動員で祝祭的な壮麗さ全開ですが、軽薄さはなく、真の精神の高揚として確実に聴き手の体内に奥深くに浸透するのです。



このホームページ内の各アイテムの紹介コメントは、営利・非営利の目的の有無に関わらず、
複写・複製・転載・改変・引用等、一切の二次使用を固く禁じます。
万一、ここに掲載している文章と極めて類似するものをお見かけになりましたら、メール
でお知らせ頂ければ幸いです。




ページ先頭へ