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| モーツァルト/MOZART |
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交響曲第25番、第28番、第29番、第33番、第35番「ハフナー」、第36番「リンツ」、第38番「プラハ」、 第39番、第40番、第41番「ジュピター」 |
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| エルネスト・ブール(指)バーデン・バーデン南西ドイツRSO | 1964年〜1978年 ステレオ録音 | ||
| QUADROMANIA 222152[QU](4CD) |
“現代音楽のスペシャリストが描く、感動的なト短調交響曲!!” | ||
| なんと4枚組で、廉価CD1枚分の価格という、とんでもない廉価シリーズ。しかも、ジャケットには堂々とカタカナでレーベル名がドン!なんとも怪しげですが、内容は凄すぎます!ロスバウト(1948-62主席指揮者)の後を継いでこのオケの主席となったブールは、前任者同様に多くの現代曲を手掛けましたが、レパートリーは古典以降のほぼ全てを網羅するほど広いものでした。ブールといえば、以前Astreeレーベルから、ラヴェルやストラヴィンスキーなどのCDが立て続けに発売されました。その演奏は色彩感や人間的なぬくもりよりも、アンサンブルの機能性が優った演奏だったと記憶していますが、あれからほぼ10年ぶりに登場したこのモーツァルトも、一見ドライな印象を受けますが、聴き進むうちに、血の気の失せたメカニックなだけの演奏とは一線を画す、ただならぬモーツァルトだということに気付きます。演奏スタイルは、録音年代から察せられるように、ベームなどに代表される大編成によるどっしりとした造型を基調としたもの。まず感動的なのが第40番!最初の1小節目のヴィオラの刻みから完璧なうえに微かな悲しみのニュアンスが溢れ出し、いきなり胸を打ちます。第1楽章はやや速めのインテンポを貫きますが、その緊張から滲み出る不思議な切迫感が実に見事。しかも、随所に合いの手を挟む木管の美しさは、めったに聴けるものではありません!第2楽章も繊細なテクスチュアを大切に紡ぎ出していて、心に染みます。第3楽章は、たっぷりと弓を使い切って纏綿と歌い上げ、トリオに入ると、また木管の室内楽的な極美のニュアンスに耳を奪われます。木管のセンスで印象的といえば、第39番の第3楽章、トリオのクラリネットも聴きもの!こんなに美しいフォームで感じきった演奏は他に思い当たりません。第28番は、終楽章のゴリゴリと唸る低弦の凄みが魅力。エキセントリックにならずに、この曲独特の推進力を表出しています。弦を主体としたアンサンブルの妙とリズムの華やぎを味わえると同時に、各声部の発言力のバランス統制が万全な第29番と第33番も必聴!「プラハ」は、第1楽章展開部の各パートの絡みの緊張が尋常ではなく、思わず息を呑みます。コーダのトランペットの輝き(12:07)も鮮烈!なお、第1楽章序奏部で、通常と音が違う箇所がありますが、根拠は不明。ブールは本領が現代音楽のせいか、声部が複雑に絡むほど、それらを完全に裁こうとするセンサーが働くのでしょうか?「プラハ」第1楽章ですらそうなのですから、これが「ジュピター」終楽章のコーダとなるとどうか?案の定、凄いことになっています!まさに全声部総動員の世紀のエンディング!録音状態はどれも非常に良好なステレオ録音(おそらくAurophon原盤)。なお、蛇足ながら、録音年は全ての曲に、「1964年から78年の間」と記されていますが、これはブールがこのオケの主席を勤めたほぼ全ての期間で、まさか14年掛けて1曲録音したわけではないでしょうから、1曲ごとの正確なデータを記載して欲しかった…というのは贅沢でしょうか? | |||
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交響曲第25番、第29番、第38番「プラハ」、第40番、セレナータ・ノットゥルノ | ||
| ベンジャミン・ブリテン(指)ECO | 1968年、1970年、1971年 ステレオ録音 | ||
| DECCA 4443232(2CD) |
“気品と閃き!切々と琴線に触れる、全モーツァルティアンの至宝!!” | ||
| 数多いこれらの曲の録音の中で、これ以上に端正な造型の中で天才的な閃きをちりばめた美しい演奏は見つかりません。「第40番」は、第1楽章は、速めのテンポで切迫感を携えた厳しい造型が意外なほどですが、威圧感がなく、提示部を繰り返す際に一瞬ルフト・パウゼのような間を持たせたり、木管のフレーズの音価を微妙に伸ばしたりと、音楽の繊細な感じ方が尋常ではありません。どこまでもたおやかに情感が流れる第2楽章も、この世のものとは思えぬ美しいさ!恣意的な表現がどこにもなく、モーツァルトの音楽がブリテンの体に完全に染み付いていて、それをそのまま再現しているとしか思えない至純の美がとうとうと表出され、しかも繰り返しを完全に実行しているので、16分もかけてその雰囲気を持続させ、心を潤し続けてくれるのです。第3楽章はきりりとした造型が一層際立って、リズム自体は心地よく弾ませながら、内面には憂いを湛えるという絶妙なニュアンス!ヴァイオリンの独特なクレッシェンド効果、音価の独特な保ち方など、個性的な解釈も見られますが、どれも取って付けたような表情にならないのはもちろんのこと、そうでなければ音楽にならないと思わせる必然に満ちています。最後の締めくくりの音をそっと置く優しさは、ブリテンのモーツァルトへの愛情の結晶!終楽章のしなやかな推進力と緊張の持続も完全無欠です。「第25番」も、イギリス室内感の透明なテクスチュアが最高に生き、内面に熱い精神をびっしり張り巡らせた名演奏。第1楽章の展開部の最後で、天才的霊感に満ちた弦のレガートが気品と憂いを湛え、そこから絶妙なクレッシェンドで再現に入る瞬間だけでも、この演奏の価値は不滅です!終楽章は、冒頭の息の潜め方、そこから浮上する呼吸の妙、清潔な響きと生命力の完全融合など、5分間の中にこれだけのドラマを感じさせる演奏で、これまた類例を見ません。モーツァルトの、人生が楽しくてしょうがないという気持ちを美しいフォルムに凝縮した「第29番」も必聴!第2楽章など、母の胎内で聴くような安らぎ。これをじっくり聴けば、ドロドロの血液もサラサラに浄化されそうです。セレナータ・ノットゥルノも忘れるわけにいきません。この曲をかくも格調高く演奏した例があったでしょうか?縦に真っ直ぐ刻まれることのないリズムには内容がぎっしりと詰まっていて、それをじっくりかみ締めるような悠然とした進行が最後まで保たれるのです。セレナードのイメージを変えたと言っても過言ではありません。ブリテンのモーツァルトの中であえて1曲となれば「プラハ」!序奏から哀愁と愛情を込め抜いた豊かな呼吸の膨らみ、濁りの一切ない響きを総動員して、濃密な音楽を展開。その余韻さめやらぬように滑り出す主部の冒頭のニュアンスも並みの思い入れでは表出できるものではありません。第2楽章は、人の手を介しているとは思えぬ天国的な美しさ!終楽章は、天才の曲を天才が奏でるときだけに可能な無限のイマジネーションの広がり!「音楽とは何か?」という答えがここにあります。 | |||
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交響曲第25番、第41番「ジュピター」、アイネ・クライネ・ナハト・ムジーク* | ||
| マリオ・ベルナルディ(指)ヴァンクーヴァーSO、ナショナル・アーツ・センターO* | 1995年 デジタル録音 | ||
| CBC SMCD-5150 |
“端正な造型美でじっくり聴かせる技を心得た、ベルナルディの至芸!” | ||
| カナダの指揮者ベルナルディは、並みのモーツァルティアンではありません。どの曲も奇を衒ったところが全くなく、ただ丹念に音符を紡ぎ出しているだけですが、全ての音がモーツァルトそのものの表情を湛え、音楽の素晴らしさが前面に出てくるという理想を見事に実現しています。まず「第25番」が絶品!典型的な中庸のスタイルですが、音色はあくまでも温かく、悲劇性を煽ることなく、微妙な陰影を自然に醸し出しているのが素晴らしく、終始心を捉えて離しません。第1楽章は、鍵となるオーボエの巧さが印象的で、深いところで感じきった弦の刻みとの見事なコントラストが印象的。第2楽章は包み込むような優しさと気品に溢れ、主題の結尾を本当に微妙にディミニュエンドしていく隠し味が、意図的なものを感じないだけに心に染みます。第3楽章は、遅めのテンポ自体が意味深く、微かな不安の色を滲ませるセンスにびっくり。中間部の管楽器のアンサンブルの妙も、至福の空間を導きます。終楽章は、ベルナルディの至芸の結晶!心の底からモーツァルトの息吹を感じ、強引さのない緊張がしっかり張り巡らされたフレージングの素晴らしさはは、そうそう耳にすることはできません。「アイネ・クライネ〜」も、全てが理想的!これも昔ながらのオーソドックなスタイルですが、モーツァルトのあの微笑以外何も浮かばないこの自然なニュアンス!パッと部屋の空気が明るくなり、雰囲気満点の録音も効を奏して、芳しい香気を引き出しています。第2楽章の黄昏の色彩の表出、ハーモニー変化の繊細な感じ方も、並みの感性ではありません。終楽章も、優美なリズムの弾み、主題の結尾でヴィオラが下行音型を弾く際の可憐な表情など、魅力は尽きません。実は最近この曲にはすっかりご無沙汰しているのですが、この演奏だけは別で、無性に聴きたくなる時があるのです。 | |||
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交響曲第32番、第35番「ハフナー」、第36番「リンツ」 | ||
| ペーター・マーク(指)パトヴァ・ヴェネトO | デジタル録音 | ||
| ARTS ARTS-473652 |
“全身音楽漬け!時流に背を向けたマークの信念!” | ||
| カザルスやヴェーグのモーツァルトを愛する方は特に必聴!あらゆる声部を剥き出しにして、蒸留水のようなモーツァルトに真っ向から対抗する、恐るべき内容量を誇る名演です。第32番の構築の頑丈さから前代未聞!「ハフナー」第1楽章展開部最後の弦の掛け合いの不気味さ、第2楽章の主題の強弱のとてつもない膨らませ方と、驚きは尽きません。終楽章の音を割った金管の血の出るような勢いにも驚愕!「リンツ」は、更にじっとして聴いていられない壮絶な牽引力!マークの独特の芸術の集大成とも言うべき仕上がりになっています。 | |||
![]() MUZA PNCD-494(4CD) |
ディヴェルティメント ニ長調 K.136、 交響曲第29番、第33番*、第34番、第35番「ハフナー」、第36番「リンツ」*、第38番「プラハ」、第39番、第40番、第41番「ジュピター」 |
| イェジー・セムコフ(指)ワルシャワ国立PO、ポーランド国立放送カトヴィツェSO* | |
| 録音:1970〜1981年(全てステレオ) | |
| “「第29番」ファン必聴!セムコフ一世一代の名演奏!” | |
| ハイキン、ムラヴィンスキー等の薫陶を受けたセムコフ(1928-)が母国のオケを振ってのモーツァルト。学究的なアプローチとは無縁、従来の大編成によるオケを用いて純朴な視点で臨んだ演奏で、一見何の変哲もない演奏のように聞こえますが、モーツァルトへ愛情が音の端々に込めており、不思議と惹きつける魅力を持っています。まずDisc1の最初に収録されているディヴェルティメントが、そんなセムオフのアプローチを象徴する味のある演奏。リズムはキリッと引き締まり、フレージングは流麗。最後までおおらかな表情を絶やしませんが、音楽が軽くなることはありません。第2楽章でフレーズごとに丁寧にニュアンスを描き分けるあたりにセムコフの誠実な音楽性を感じさせ、終楽章はスタッカートの切れの良さ、内声のバランスのよさが印象的で、まさにモーツァルト特有の愉悦感が満点!そのバランスのよい内声がさらに味わい深いエキスとして宿っているのが、このCDの最大の聴きもの、交響曲第29番。ここでも特定の声部を意図的に浮き立たせるようなことは一切していませんが、第1楽章の導入から主旋律と低弦の融合によって醸し出される自然で深い表情、第2主題の滑り出しにおける慈しむような語りかけだけでも、この演奏が月並みのものでないことは明白。展開部の陰影の表出にも求心力があるのです。第2楽章も単なる美しさにとどまらず、セムコフのモーツァルトへの並々ならぬ愛情をまさに身をもって体現した素晴しい演奏。誰でも同じようになぞることができそうな素朴そのものの表現ながら、心から感じず、表面的にそれらしく通しただけの演奏を思い浮かべれば、この演奏がいかに理想的なものであるかが実感していただけるのではないでしょうか。第3楽章は生きたリズムの連続に目が覚める思い。これぞモーツァルト!と唸る瞬間の連続のこの名演奏。この曲を愛する方はもちろん、通を自認されるモーツァルティアンの方々にも強力にお勧め! ところが「プラハ」は、これとは好対照のアプローチでびっくり!まず第1楽章序奏の遅さ!装飾音風に駆け上がることを厳に戒め、この序奏部全体を「ドン・ジョヴァンニ」の幕開けのような不気味な空気で埋め尽くしているのです。主部のテンポは普通で、リズムもしっかり立ち上がっていますが、音楽の内向性が強く、どこかケーゲルを思わせる風情さえ感じさせます。終楽章でもどこか屈折したものを孕んでいるようで、不思議な後味を残します。「第29番」が、まさにモーツァルトでしたが、これはセムコフ自身の比重が高くなっているとも言えましょう。 そのスタイルをさらに進化させたのが「第39番」。第1楽章序奏のなんと荘重なこと!ティンパニの響きがさらに音像をスケールアップさせ、モーツァルトを超えて荘厳な典礼の始まりを告げるかのようです。主部は息の長いフレージングの振幅感が絶品!第3楽章は3拍子の拍節がよく効いて存在感絶大ですが、トリオではテヌートの使い分け独自の見識が垣間見れます。 |
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交響曲第35番「ハフナー」、A交響曲第38番「プラハ」、B交響曲第40 番、C歌劇「魔笛」〜「なんと美しい絵姿」、Dコンサートアリア「いいえ、いいえ、あなたにはできません」K.419、E歌劇「フィガロの結婚」より、愛の神よ、安らぎを与えたまえ | ||
| カール・シューリヒト(指)シュトゥットガルト放送SO、 Cフリッツ・ヴンダーリヒ(T)、Dルート= マルグレート・ピュッツ(S)、 Eエリーザベト・シュヴァルツコプフ(S) |
@A 1956年7月4 日ルートヴィヒスブルク,、1961年5月19日シュヴェツィンゲン音楽祭、C 1959年4月12日、E 1959年4月6日シュトゥットガルト・ゼンデザール・ヴィラ・ベルク、D1959年4月9日シュトゥットガルト・リーダーハレ | ||
| Hanssler 93-152 |
“「プラハ」に聴く、絶頂時のシューリヒトの天才技!!” | ||
| 交響曲では特に十八番の「プラハ」が聴きものです!パリ・オペラ座管との有名な名演やEMIから出たザルツブルク音楽祭ライヴ等、数々の音源が存在し、どれもがシューリヒトの芸風を象徴する個性的な演奏ですが、この演奏はオケの機能性や、シューリヒト自身の気力の点でもベストではないでしょうか?序奏部の低弦には意思の力が漲り、主部の快速テンポはいつものことながら、その中でも、どのフレーズを取ってもしなやかな歌心と天性の閃きが充満!展開部冒頭、弦パートが次々に橋渡しをする箇所で、各冒頭が明確に浮き立ち、その後はさらに緊張を深めながら立体感を強めていく様は、シューリヒトの絶頂時ならではの至芸でしょう。第2楽章の主題の息の長いフレージングも漫然とすることなく着実に幻想を滲ませ、不意に登場するレガートも聴き手を不思議な世界へ誘いますが、3:56以降テンポを落とし、主情を込め抜いて歌う箇所は美しさの極致!しかも恣意的な印象を与えない即興的な後味!こんな技、他の誰が可能でしょうか?'60年のVPOとのザルツブルク盤でもこの箇所でテンポを落としますが、オケの個性のせいか、これほど不思議な妖気が立ち昇ってこないようです。7:40付近のヴィオラのトレモロも強調こそしていませんが、心からの震えそのもので、その直後の透徹のレガートへ繋がっていくのはまさに神技!終楽章は快速テンポで一気呵成に直進し続けますが、暴力性はもちろん皆無。このテンポでリズムが上滑りしないのは、このオケが完全にシューリヒトの分身になりきっていることを痛感させます。特にコーダ付近の凝縮力には唖然。40番の終楽章、弦が奏でる第2主題でテンポを落としてこってり歌い、2度目に登場する際は更に陰影を深める設計にもご注目!声楽の伴奏が聴けるのもありがたい限りですが、これがまた絶品!シュリーヒトがオペラを遺してくれなことが惜しまれてなりません。歌手の虚急にぴったりとあわせると同時に、歌手を心地よく導く呼吸感!マルグレート・ピュッツの美声にもうっとり…。 | |||
| 交響曲第36番「リンツ」、第38番「プラハ」 +交響曲第32番* | |||
| サー・チャールズ・マッケラス(指)LPO、マカール(指)LPO* | ステレオ録音 | ||
| EMI 5757992(cfp) |
“通奏低音付き!'70年代のマッケラスのモーツァルト演奏の結論!” | ||
| 古楽器ブーム到来前の録音とはいえ、原典の尊重するマッケラスとしてはオケが大編成なのが意外!弦はしっかりとヴィブラートをつけ、ベーム全盛期にも似た緊張を湛えながら、古風でふくよかな情感を醸し出しています。「プラハ」第1楽章の序奏部の重心の低い神秘的な響きなど、「ドン・ジョヴァンニ」さながらのドラマの前触れを予感させます。また「リンツ」も含めて、チェンバロの通奏低音を追加しているのが特徴的で、後年レヴァインも同様の処置を行ってはいましたが、'70年代前半に既にこのような見識を示していたのですから、マッケラスの真の音楽への探究心は、やはり今に始まったことではないのです。もちろん全リピート敢行! | |||
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交響曲第38番「プラハ」、第39番 | ||
| ペーター・マーク(指)パトヴァ・ヴェネトO | デジタル録音 | ||
| ARTS ARTS-473642 |
“常識を覆すロマンチシズムの宝庫!” | ||
| マークの強弱の対比、フレージング、内声バランスは、全く独自の感性に基づくもので、全てがかつて味わったことのない感動に結びつきます。「プラハ」の冒頭から衝撃的なスフォルツァンド、ヴィオラの遠近感を表出するクレッシェンド、主部に入るとホルンが突出して、クレッシェンド効果が更に興奮を煽ります。第3楽章の第一音の激しいスタッカートも、一瞬何事かと思いますが、その後の美しい造型を決定付ける伏線だということにすぐに気付かされます。第39番も、一小節たりとも簡単に素通りすることのない濃厚な演奏。白眉は第3楽章!中間部がクラリネット・ソロのみを主役に立てるのではなく、他のパートも完全に共鳴しあっている演奏が他にあるでしょうか?オケの艶やかな音色美と、各奏者のセンス、アンサンブル能力の高さも実に見事です。 | |||
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交響曲第36番「リンツ」、交響曲第25番、レオポルド・モーツァルト:交響曲ト長調「新ランバッハ」 | ||
| マルティン・ジークハルト(指)リンツ・ブルックナーO | 1997年 デジタル録音 | ||
| Arte Nova 74321-49700 |
“繊細な歌とはじけるリズムのセンスに心奪われる、「リンツ」の新名盤!” | ||
| ジークハルトのCDは決して少なくありませんがが、どれも大きな話題となることがないのが残念です。このモーツァルトは、ジークハルとの音楽センスがいかに素晴らしいかを伝える恰好のCDです。「リンツ」は、自分たちのための曲だという熱い思い入れを反映したような、入念極まりない表現力にびっくり!序奏から音の芯が熱く、弱音のきめ細かい表情と融合して一気に心が奪われ、主部に入るとしっかりとした重心で見事な推進力を見せます。しかもそこには何ともいえないコクを湛えているのです。第2楽章の主題(0:15)の透明感も印象的。終楽章も造型はいたってオーソドックスながら、どの音も愛情に満ち溢れ、聴き手のほうへ音楽が擦り寄ってくるのです。25番は、引き締まったアンサンブルを基調にして、ここでもセンスを感じる歌を全体に滲ませます。父モーツアルトも、目の覚める快演。ヴァイオリンの両翼配置も美しく功を奏しています。あくまでも堅実な音楽作りながら、曲に生命感を吹き込み、聴き手に確実に手応え感じさせるジークハルトの手腕は本物です! | |||
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交響曲第39番、第41番「ジュピター」 | ||
| ヤーノシュ・フェレンチーク(指)ハンガリー国立O | 1968年 ステレオ録音 | ||
| HUNGAROTON CLD-4025 |
“手作りの工芸品の味わい!心から湧き出る豊かな風情!!” | ||
| 古楽器を用いた鋭利なモーツァルトに疲れた耳を優しくいたわる、かけがえのない名演奏。ベームの偉大なモーツァルトばかりに脚光が集まっていた頃、ハンガリーにおいては、それに勝るとも劣らない風格豊かな演奏が繰り広げられていたのです!「ジュピター」は全ての音が慈しみに溢れ、第2楽章のバスの主題の歌い口など、心のときめきそのもの。「第29番」も斬新さは皆無ながら、味一つで勝負。ここでも、低弦の丹念な扱いにご注目を! | |||
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交響曲第38番「プラハ」、第41番「ジュピター」 | ||
| シャンドール・ヴェーグ(指)ザルツブルク・カメラータ・アカデミカ | 1996年、1992年 デジタル・ライヴ録音 | ||
| ORFEO ORFEOR-486981 |
“老齢とは思えぬ凄まじい緊張の連続!” | ||
| テンポ、強弱の振幅が実に大きく、音楽をする楽しさを全身で表現するヴェーグの指揮ぶりが目に浮かぶようです。「プラハ」の第1楽章、第2主題の濃厚なロマンをふんだんに盛り込んだ歌い口は、古楽器的奏法が主流の昨今では特に新鮮な衝撃をもって迫ります。「ジュピター」は更に凝縮力の強い演奏!冒頭の3つの和音をクレッシェンドする手法に早速ドラマチックな志向を見せつけ、見事な推進力を発揮。第2楽章は、ハ短調の旋律を支えるリズムの沸き立ちも新鮮で、しかも中間部では、伴奏音型をレントラー風にしているのは驚きのアイデアです! | |||
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交響曲第40番、交響曲41番「ジュピター」 | ||
| ペーター・マーク(指)フィルハーモニア・フンガリカ | ステレオ録音 | ||
| TUXEDO 1069[TU] |
“機能美とは全く無縁!全身にじっくりと浸透する珠玉のモーツァルト!” | ||
| オケに現代的な巧みがないので古めかしい印象をもたれがちですが、聴けば聴くほど尋常でない共感を湛えた生きたニュアンスと、マークの丹念な音楽作りが融合したこのモーツァルトは、心に染みます。「第40番」第1楽章は、後年ほど細部を立体的に浮き彫りにせず、何の変哲もなく快速インテンポで突き進んでいるだけのようでいて、内声の深部に至るまで心が通い、音が熱いのがいかにもマーク的。弦のヴィブラートが心の震えに直結している第2楽章も印象的。終楽章も小器用なところが一切なし。「ジュピター」を聴くと、いかに最近この曲が精密機械のように鳴らされ、「奏でる」ことが為されていないかを思い知らされます。冒頭の和音の縦の線がビシッとキマっているわけではなく、響きも洗練からは程遠いものです。しかし、育みぬいた響きが全パートに共通しており、それらが一体となったふくよかなニュアンスは、単に「素朴」という一言では片付けられません。第2楽章では、このオケの弦と木管の質感、センスの高さを痛感させ、曲の持ち味を活かすということがどういうことか、この演奏が教えてくれます。終楽章の特に展開部以降で、弓が弦から離れる直前までニュアンスを湛えて弾ききり、各声部が熾烈に緊張し合う様や、人工的な構築性を全く感じさせない最後のフーガの丹念なニュアンス表出も、一度その魅力に気付いたら、マークと共に音楽を慈しみたくなります。 | |||
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交響曲第40番、交響曲41番「ジュピター」 | ||
| ラファエル・クーベリック(指)バイエルンRSO | 1985年 デジタル・ライヴ録音 | ||
| ORFEO ORFEOR-498991 |
“心の琴線に触れる「40番」冒頭ヴィオラのすすり泣き!” | ||
| 「40番」冒頭ヴィオラの刻みからこんなに心を捕らえる演奏が他にあるでしょうか!第2楽章もデリケートな詩情が香り、そのロマンをそのまま引きずるように始まる第3楽章は、チェロの主題に答える第1Vnの大きな呼吸感が絶妙!キリッと締まったリズムと凝縮力で迫る終楽章の勢いもスタジオ録音にない魅力。「ジュピター」は、全曲のエッセンスを内包するような開始和音の打ち込みにご注目を!終楽章での端正な造型、息もつかせぬ推進力との完全調和ぶりは、この巨匠のまさに真骨頂でしょう。このCDは,クーベリックを語る上で絶対に外せません! →お客さまレヴュー |
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交響曲第41番「ジュピター」 +クラリネット協奏曲、ファゴット協奏曲 | ||
| サー・トーマス・ビーチャム(指)RPO、ジャック・ブライマー(cl)、ギディオン・ブック(fg) | 1957〜1959年 ステレオ録音 | ||
| EMI 5676012[EM] |
“ビーチャム流のウィットとモーツァルトの天才性の濃密ブレンド!” | ||
| ビーチャムと言えばモーツァルトよりもハイドンというイメージですが、モーツァルトの天才的な筆致に独特の華やぎを与えるモーツァルトも決して無視できません。「ジュピター」の冒頭を次第にクレッシェンドするのは、モノラル期の録音(SONY)でも聴かれる解釈ですが、「単純な音型反復なんぞ耐えられん!」と言わんばかりで、完全に納得させられてしまいます。終楽章の最後のフーガでは何とトロンボーン(?)が和声の補強を行なって荘厳さを醸し出し、締めくくりにはティンパニを連打させて終わるという華々しさですが、嫌らしさは微塵もなく、モーツァルトの楽譜に手を加えるという普通では考えられない荒業も「そうあるべきもの」として響くのですから、全く恐るべき御老体です!そんなビーチャムが微笑ながらも涙を滲ませるクラリネット協奏曲も感動的。ビーチャムが指示したに違いない超スローテンポは、さすがの名手ブライマーも持ち堪えられるか心配になるほどですが、そこから香る空気とBoosey&Hawkes製の名器による深くまろやかな音色が絶妙にマッチして、最後まで心のこもった歌を聴かせてくれるのです。 | |||
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