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VIBRATO
(CD-R盤です)

以下のアイテムは全てCD-Rです。ご了承の上お申し込みくださいませ。

なお、各コメントは、メーカーのインフォメーションをそのまま載せています。

1枚あたり…(税込)



VLL-1
シューベルト:交響曲第8番「未完成」、ベートーヴェン:交響曲第6番「田園」
ヘルベルト・フォン・カラヤン(指)BPO
録音:1987年11月6日フランクフルト、1987年11月5日ケルン
VLL3(2CDR)
マーラー:交響曲第6番「悲劇的」
ジュゼッペ・シノーポリ(指)フィルハーモニアO
録音:1987年7月26日 ロイヤル・アルバート・ホール・ライヴ
VLL-5
ブルックナー:交響曲第5番
ギュンター・ヴァント(指)BBC響
録音:1990年9月9日プロムス・ライヴ
VLL-6
ブルックナー:交響曲第9番
ベルナルト・ハイティンク(指)バイエルンRSO
録音:2004年
VLL-7(2CDR)
マーラー:交響曲第7番
レナード・バーンスタイン(指)パリO
録音:1981年5月22日 パリ・ライヴ
フランス人恐るべし…、全盛期のバーンスタインをしてマーラーを演奏しても、出て来る音楽はフランスの音。オーケストラと指揮者が音楽の解釈の駆け引きを繰り返すスリリングな演奏。
VLL-8
モーツァルト:ミサ曲 ハ短調
ヘルベルト・フォン・カラヤン(指)BPO
録音:1982年4月4日 ザルyツブルク
まさに皇帝の営み。カラヤンが主兵を引き連れて、その皇位の正当性を堅持するようなこの演奏は、圧倒的な迫力と豪華さに満ちています。
VLL-9
ムソルグスキー:「展覧会の絵」、モーツァルト:アダージョK.261、ヴァイオリン協奏曲第5番
エフゲニ・スヴェトラーノフ(指)スウェーデンRSO
録音:1979年ストックホルム・ライヴ
VLL-10
ブルックナー:交響曲第7番
オットマール・スウィートナー(指)エーテボリSO
録音:1986年4月ライヴ
VLL-11
モーツァル:交響曲第32番、ピアノ協奏曲第12番*、インタヴュー
カール・エンゲル(P)、クラウス・テンシュテット(指)クリーヴランドO、ベルリンRSO*
録音:1976年、不詳*
VLL-12
モーツァルト:音楽の冗談、協奏交響曲、レ・プチ・リアン
シャルル・ミュンシュ(指)ボストンSO
録音:1962年7月14日〜15日、タングルウッド音楽祭・ライヴ
VLL-13
ブルックナー:交響曲第4番「ロマンティック」
セルジュ・チェリビダッケ(指)ミュンヘンPO
録音:1989年2月5日ウィーン
VLL-14
モーツァルト:交響曲第1番、クラリネット協奏曲
ニコラウス・アーノンクール(指)ウィーン・コンツェントゥス・ムジクス、ヴォルフガング・マイアー(Cl)
録音:200年2月3日ザルツブルク
VHL-15
ベートーヴェン:交響曲第3番「英雄」
ハンス・ロスバウト(指)南西ドイツRSO
録音:1950年代
筋肉質の堂々たる「英雄」。おそらく1950年代後半の録音。  (1011)
VLL-16(2CDR)
マーラー:交響曲第7番「夜の歌」
エフゲーニ・スヴェトラーノフ(指)スウェーデンRSO
録音:1995年ライヴ
大きな鉄の塊ののような重厚音のみならず、その間に垣間見られる繊細さも魅力。   (1011)
VLL-19
ショスタコーヴィチ:交響曲第5番
セルジュ・チェリビダッケ(指)スウェーデンRSO
録音:1967年ライヴ
音符の運びが手に取る様にわかる分かる驚異的な演奏。   (1011)
VLL-21
ブルックナー:交響曲第9番
セルジュ・チェリビダッケ(指)ミュンヘンPO
録音:1991年3月15日、ミュンヘン・ライヴ      (1011)
VLL-22(2CDR)
ヘンデル:メサイア
ニコラウス・アーノンクール(指)ウィーン・コンツェントゥス・ムジクス、C・シェーファー(S)、フォン・オッター(A)、ロルフェ・ジョンソン(T)、G・フィンニー(Bs)、アーノルド・シェーンベルクcho
録音:1997年12月13日ウィーン
VLL-23
ショスタコーヴィチ:交響曲第15番
クルト・ザンデルリンク(指)セントルイスSO
録音:1988年3月5日
VLL-24
ベートーヴェン:交響曲第5番「運命」、コリオラン序曲
カール・ベーム(指)VPO
録音:1966年5月22日
「コリオラン」が素晴らしい。剣術の達人が居合い抜きで相手をバサバサと切り倒していく歯切れのよさがある。湾フレーズごとにその刀を構えなおしちぇいるような微妙な間があり、それがまたフレーズの特徴をキラリと浮き上がらせる。聴き終わった後の爽快感は少し疲れを覚えるほどの効き目を体に残す。
VLL-25
マーラー:交響曲第7番「夜の歌」
ロリン・マゼール(指)フランス国立O
録音:1983年2月22日
マゼールの特徴のある指揮のせいで非常に現代的なマーラーが聴ける。これほどまでに細切れにされたマーラーはないだろう。
VLL-26
ブルックナー:交響曲第8番
ヨーゼフ・クリップス(指)NYO
録音:1961年12月2日カーネギーホール・ライヴ
かつてプライベートレーベルのLPが発売され、伝説となっあの音源である。もちろんこの録音は板起しではない。引き締まったティンパニ、厚い弦、きらびやかな金管と、まるでこの曲だけのために作られたような完璧なオーケストラの響きが時を越えて蘇る。
VLL-27
ベートーヴェン:交響曲第9番「合唱つき」
ヨーゼフ・クリップス(指)NYO、W・リップス(S)、S・ヴェレット(A)、R・テトラック(T)、N・ファロウ(Bs)
録音:1961年11月25日カーネギーホール・ライヴ
なんと躍動感に満ちた演奏だろう。クリップスらしい速めのテンポで音楽が進みきり、一瞬も澱むことなく最終音に達する。このスポーツカーのような疾走感は聞き覚えがあると思ったら、あのC・くらいバーそっくりなのを思い出した。
VLL-28
メンデルスゾーン:交響曲第4番「イタリア」、序曲「フィンガルの洞窟」*
セルジュ・チェリビダッケ(指)ミュンヘンPO
録音:1988年4月22日、1993年6月13日*
チェリビダッケはこの録音でも、いつものように精密な機械を使って縦横に合わせたかのような異様に整った音を見せつける。特に「イタリア」は、メンデルスゾーンが憧れた降り注ぐ太陽の光をプリズムで解析したような様々な色を持った側面を描き出し、我々を驚かせる。
VLL-29
ハイドン:交響曲第96番、モーツァルト:交響曲第39番
ブルーノ・ワルター(指)フランス国立放送O
録音:1955年5月12日、1956年6月14日
巨匠時代の輝きに溢れた端正な演奏である。まるで古楽器を使っているかのようなハッキリとした輪郭を持った曲想で演奏され。それぞれの曲の持つ特徴を惜しげもなく曝し出している。音質も十分満足できるレベル。贅沢な時代の贅沢な記録である。
VLL-30
シューマン:チェロ協奏曲、アイスラー:小交響曲、ストラヴィンスキー:組曲「火の鳥」(1945年版)、シェーンベルク:5つの管弦楽曲
ポール・トルトゥリエ(Vc)、オトマール・スウィートナー(指)シュターツカペレ・ベルリン
録音:1964年10月ライヴ
特にシェーンベルクとアイスラーは、ケーゲルのそれを思わせるキリキリと尖った演奏で、金管はナイフのような鋭い音で聴く者に襲い掛かる。
VLL-31
ブルックナー:交響曲第8番
ウィリアム・スタインバーグ(指)ボストンSO
録音:1972年2月25日
例によって硬い音を出すスタインバーグの指揮が炸裂した演奏だ。ノヴァーク版による演奏のようだが、そんなことより、まるで古楽器で演奏しているかのようなブツ切れのフレーズが、強いアクセントと共に硬質な塊となって流れていくことに驚く。もちろん第4楽章はすごい。鋼鉄のパンチの連続である。
VLL-32
ワーグナー:「タンホイザー」序曲、シューマン:交響曲第2番*
セルジュ・チェリビダッケ(指)ミュンヘンPO、スウェーデンRSO*
録音:1993年6月12日、1969年*
おそらくチェリビダッケの録音史に残る名演ではないか。均整のとれた音質のおかげで、チェリビダッケの演奏のディティールが手にとるようにわかり、それゆえに神がかり的な技術と解釈が顕微鏡写真のように詳細に目の前に現れる。特にシューマンは相当気合が入っていたのだろう。「ティーッ」という雄叫びが頻出する。
VLL-33
バーバー:弦楽のためのアダージョ、ショスタコーヴィチ:チェロ協奏曲第1番*
ハインリヒ・シフ(Vc)、セルジュ・チェリビダッケ(指)ミュンヘンPO
録音:1992年1月19日ライヴ、1991年3月27日ライヴ*
バーバーが凄い。透明な水をたたえる深い滝つぼのそこへゆっくり沈んでいくような美しい恐怖がある。ホールにいた聴衆のうち何人かは、魂を抜かれるように意識を失っていたのではないか。ショスタコーヴィチも美しい。
VLL-34
モーツァルト:ヴァイオリン協奏曲第1番、ドビュッシー:海*
エルックスレーベン(Vn)、チェリビダッケ(指)ミュンヘンPO
録音:1990年4月6日ライヴ、1992年9月11日ライヴ*
ソリストの特徴なのか、非常に貴族的なモーツァルトになっている。チェリビダッケもどこか姿勢を正しているような指揮をみせ、いつになく堅い音を出す。「海」は最初冷たく静かに凍った北海のようだが、やがて波を荒げてその正体を表す。
VLL-35
R・コルサコフ:シェエラザード、シューベルト:ドイツ舞曲*
セルジュ・チェリビダッケ(指)ミュンヘンPO
1984年5月15日ライヴ、1991年2月8日ライヴ*
シェエラザードは、地上の重力が数倍になったかのような重い重い響きで始る。既にリリースされている他の録音からは聴き取れなかった音の運びや、アクセントの意味が手にとるようにわかる明確な演奏。
VHL-36
モーツァルト:ピアノ協奏曲第23番、J・シュトラウス:南国のばら*、常動曲*
ウィルヘルム・ケンプ(P)、カール・ベーム(指)ヘッセンRSO、VPO
録音:1953年ライヴ、1943年ライヴ*
年代相応の音質ではあるが、それゆえに狭い木造の講堂で聴いているようで、かえって懐かしい雰囲気がする。透明でコロコロとしたケンプの響きはこのモーツァルトによく合い、これを大切にすくい取ろうとするベームの心遣いをオーケストラが完全に理解しているのがわかる。シュトラウスも当時のウィーン・フィルの高貴な響きを引き出すことに成功した名演。
VLL-37
シューマン:ピアノ協奏曲、交響曲第4番*
ロンクウィッヒ(P)、クルト・ザンデルリンク(指)シュトゥットガルトRSO、BBC響*
録音:1996年3月11日ライヴ、1988年7月29日ライヴ*
協奏曲は、ゆったりとしたテンポで一つ一つの音を丁寧に噛みしめるように進んでいく。交響曲も比較的ゆったりした流れが続き、ところどころあらわれるBBC響とは思えない重厚な響きさえも丸みを帯びる。
VLL-38
ブラームス:悲劇的序曲、ハイドン:交響曲第94番*
クルト・ザンデルリンク(指)スウェーデンRSO、北ドイツRSO*
録音:2000年ライヴ、不明*
序曲は、遅めのテンポで、一歩一歩踏みしめるような重厚な響きは、晩年のザンデルリンク意外には出せない音である。ハイドンもおそらく最近の録音であろう。スムースな流れの中に、ところどころゴツゴツとした大きな岩が現れる様は、まさに晩年のザンデルリンクの特徴。
VLL-39
ベートーヴェン:交響曲第9番「合唱つき」
ヘルベルト・フォン・カラヤン(指)BPO、トモワ・シントウ(S)、バツツァ(Ms)、ベーム(T)、ファン・ダム(Bs)、ウィーン楽友協会cho
録音:1976年11月14日 カーネギー・ホール
整った音を出そうとするベルリン・フィルを引きずり回し、そこから雷鳴と地鳴りともわからないゴーッという恐ろしい響きを引き出す。特に炸裂するティンパニの音は凄まじく、第1楽章からドライブしまくっているが、終楽章までその威力は衰えない。時々ノイズがある録音ではあるが、間違いなく恐ろしいほどに素晴らしい演奏であったことが確認できる貴重な記録である。
VLL-40
ベートーヴェン:交響曲第3番[英雄」
ヘルベルト・フォン・カラヤン(指)BPO
録音:1976年11月4日 カーネギー・ホール
当時のベルリン・フィルはこんなにもうまかったのだ。速めのテンポながら、カラヤンの意図を正確に理解し、それを具現化していく。第2楽章の冒頭で音が欠落した部分があり、残響音がこもったような音質ではあるが、それでも英雄の姿は色褪せない。
VLL-41
ブラームス:交響曲第3番、第1番
ヘルベルト・フォン・カラヤン(指)BPO
録音:1974年11月13日 カーネギー・ホール
重厚な響きを持った演奏で、過去のブラームスの録音の中でも最もブラームス的なものといえる。このような重厚な響きが比較的速いテンポで疾走する。その様は、アウトバーンの追い越し車線を飛んでいく漆黒の巨大なベンツを連想させる。
VLL-42
ブラームス:交響曲第2番、第4番
ヘルベルト・フォン・カラヤン(指)BPO
録音:1974年11月9日 カーネギー・ホール
この演奏を聴くことができた聴衆は、自分がアメリカ人であることを悔いたに違いない。厚みを持って響き渡る低弦の上であまい旋律、深みのある金管の咆哮、曇天の雷鳴のような衝撃のティンパニ、どれもが望んでも手に入れることができないあまりにヨーロッパ的な伝統であること気付かせるに十分なブラームスの演奏がニューヨークで繰り広げられたのだ。
VHL-43
チャイコフスキー:交響曲第6番「悲愴」
イーゴル・マルケヴィッチ(指)フランス国立放送O
録音:1959年9月25日 パリ・ライヴ
比較的速いテンポで揺れ動きながら進んでいく音楽は、詩情豊かな風景を目の前に広げ、あたかも音楽そのものがストーリーを持っているかのように心に響いてくる。聴き終えた後には、いい映画を見たような心地よい満足感が残る。
VLL-44(2CDR)
ドヴォルザーク:交響曲第8番、R・シュトラウス:死と変容#、チャイコフスキー:ピアノ協奏曲第1番*
シューラ・チェルカスキー(P)、ルドルフ・ケンペ(指)ミュンヘンPO、RPO*
録音:1975年ステレオ・ライヴ、1972年9月9日モノラル・ライヴ#、1970年4月26日モノラル・ライヴ*
ケンペ全盛期の貴重な記録。スタジオ録音とは異なる彼の個性が前面に出た楽しい記録だ。ドヴォルザークは少し速めのテンポではあるが決して軽くならず、必要なところでティンパニが全体を引き締める。チャイコフスキーは、例によってチェルカスキーが水の上を跳ねるような活き活きとしたツヤのある音で楽しませてくれる。
VHL-45
モーツァルト:交響曲第31番「パリ」、第41番「ジュピター」*
シャルル・ミュンシュ(指)ボストンSO
録音:1954年4月2日、1952年12月26日* ボストン・ライヴ
VHL-46
マーラー:交響曲第5番
ポール・パレー(指)デトロイトSO
録音:1959年11月12日 ライヴ
VHL-47(2CDR)
シューマン:チェロ協奏曲、ショスタコーヴィチ:交響曲第6番*、ラフマニノフ:3つのロシアの歌*、ニールセン:交響曲第6番#
ピエール・フルニエ(Vc)、レオポルド・ストコフスキー(指)NYO、アメリカSO*、スコラ・カントラム*
録音:1949年11月6日、1968年4月11日*、1966年12月18日**、1965年9月13日#
VHL-48
ベートーヴェン:交響曲第4番、第7番*
ポール・パレー(指)デトロイトSO
1961年2月2日、1962年1月25日*
「第4番」は、急緩メリハリの濃い恋聴き応えのある演奏。「第7番」は強音部分で縦の線を合わせるのに命を掛けたような演奏で、全曲を通じて緊張感が張り詰める。それにしても速い。特に第4楽章は再生スピードを間違えたかと疑うほどだ。年代相応の音質。

VLL-51
ハイドン:交響曲第100番「軍隊」、モーツァルト:聖証者の厳粛な晩課」*
ニコラウス・アーノンクール(指)南西ドイツRSOウィーン・コンチェントゥス・ムジクス*、ボニー、マグナス、リッペルト、ウィドマー、アーノルド・シェンベルクcho
録音:1984年2月ライヴ、2000年7月9日ライヴ
VHL-52
ハイドン:交響曲第94番「驚愕」、モーツァルト:踊れ喜べ幸いなる魂よ」より*、交響曲第41番「ジュピター」#
ポール・パレー(指)デトロイトSO、エりナー・スティーバー(S)#*
録音:1962年3月22日、1960年2月18日#
VLL-53
モーツァルト:交響曲第41番「ジュピター」、ベートーヴェン:交響曲第6番[田園」
ヘルベルト・フォン・カラヤン(指)BPO
1973年10月28日東京ライヴ、1973年11月2日大阪ライヴ
VLL-54
R・シュトラウス:交響詩「死と変容」、交響的幻想曲「影のない女」、交響詩ティル・オイレンシュピーゲルの愉快な悪戯」
クリスチャン・ティーレマン(指)BPO
録音:2002年12月ライヴ
2VHL-55(2CDR)
モーツァルト:歌劇「魔笛」(第2幕後半欠落)
リチャード・ルイス、ジョン・サザーランド、デヴィッド・ケリー、ハンス・ホター、オットー・クレンペラー(指)コヴェントガーデン王立歌劇場O,cho
録音:1962年12月28日ライヴ
VLL-57
モーツァルト:戴冠式ミサ、ムソルグスキー(ラヴェル編):展覧会の絵*
マティス、サイモン、ラウベンタール、ファン・ダム、ヘルベルト・フォン・カラヤン(指)VPO、BPO*
録音:1972年7月30日(ザルツブルク)、1987年11月5日(ケルン)*
VHL-58
ウェーベルン:パッサカリア、モーツァルト:交響曲第35番「ハフナー」*
ヨーゼフ・クリップス(指)NYO
録音:1961年12月2日、1961年12月2日*
VHL-59
ハイドン:交響曲第96番、シューマン:交響曲第3番「ライン」*
ポール・パレー(指)フランス国立O
録音:1970年、1973年ライヴ*
VLL-60
ブラームス:ピアノ協奏曲第2番
マウリツォオ・ポリーニ(P)、ヘルベルト・フォン・カラヤン(指)BPO
録音:1975年5月19日ザルツブルグでのライブ
VLL-61
ブルックナー:交響曲第7番
ヘルベルト・フォン・カラヤン(指)VPO
録音:1975年3月2日ウィーンでのライヴ
VLL-62(2CDR)
ブルックナー:交響曲第8番
ヘルベルト・フォン・カラヤン(指)BPO
録音:1974年11月10日 カーネギーホールでのライヴ
VLL-63
ベートーヴェン:交響曲第3番「英雄」
ヘルベルト・フォン・カラヤン(指)BPO
録音:1973年11月1日
VHL-64
バッハ(ヘンリ・ウッド編):トッカータとフーガ ニ短調、ブラームス:ピアノ協奏曲第2番*
アルトゥーロ・トスカニーニ(指)NYO、ロベール・カサドシュ(P)
録音:1936年2月23日のカーネギーホールでのライヴ、1936年2月2日のカーネギーホールでのライヴ*
VHL-65
ブラームス:ハイドンの主題による変奏曲、運命の歌、交響曲第1番
ブルーノ・ワルター(指)ロスアンジェルスPO
録音:1947年10月7日のライヴ
VLL-66
J・シュトラウス:「こうもり」序曲、モーツアルト:6つのレントラー風舞曲、シューマン:ピアノ協奏曲 
セルジュ・チェリビダッケ(指)ミュンヘンPO、ラドゥ・ルプー(P)
録音:1991年2月8日のライヴ、1988年11月28日ミュンヘンでのライヴ*
VHL-67
ロッシーニ:「セヴィリアの理髪師」序曲、バーンスタイン:「キャンディード」序曲、ワーグナー:「ニュルンベルクのマイスタージンガー」第1幕前奏曲、ブラームス:大学祝典序曲、マーラー:交響曲第10番〜アダージョ*
レナード・バーンスタイン(指、話し)ボストン・ポップスO、VPO*
録音:1964年6月6日、1978年*
2VLL- 68
ブルックナー:交響曲第4番「ロマンティック」
セルジュ・チェリビダッケ(指)ミュンヘンPO
録音:1990年10月ライヴ
一つ―つのフレーズを噛締めるようにゆったりとしたテンポにのって、美音の波が広がっていく晩年のチェリビダッケの典型的な演奏である。深緑のビロードをなでるような柔らかな手触りに、ブルックナーの色深い響きが交じり合う。ここまでブルックナーの意図を完全に理解しつつ、音楽として美しく楽しめる芸術を創り出すにば、指揮がチェリビダッケでなければならないことがこの演奏を聴<と良く分かる。所々音のゆれが気になる部分もあり、また第2楽章の冒頭で聴き辛いか個所のある録音ではあるが、その瑕疵は、名画にある絵の具の小さなひぴ割れほどの影響さえももたらさない。
VLL-69
チャイコフスキー:交響曲第6番「悲愴」
レナード・バーンスタイン(指)NYO
録音:1986年ライヴ
あの正規盤と同じ年のライブ録音である。そして、当然ながら、このライブ録音の方が数段すばらしい。音を出し切って歌う金管、1000人ぐらいいるのではないかと思うほど厚みのある弦。第3楽章ではマイクでは捉えきれないほどの高圧な音の雪崩が押し寄せてくる。終楽章は、例によって遅い。しかし、ただのスローモーションではなく重い塊となった黒い炎が静かに迫り来るような、不気味な切迫感を伴っているのだ。第3楽章の後で、聴衆から大きな拍手と歓声が湧き上がるが、これもしかたないだろう。各楽章がそれぞれ1つの交響曲であるかのように、濃密で完成度の高い「悲愴」なのだ。
VLL-70
プルックナー:交響曲第5番、ヴァントヘのインタビュー
ギュンター・ヴァント(指)CSO
録音:1989年10月
ヴァントヘのインタビューが5分ほど聞ける。ディティールに拘るヴァントが、いかにこの曲を愛しているのかを熱く語る。当然、演奏自体も丁寧な安定した音作りで、とてもシカゴ響とは思えない気品に満ちた音が溢れ出る。ヴァントの解釈が最も気高く思えるのは、第2楽章である,オルガンを思わせるその音は、宇宙の真理を教え諭すように響き、遥か彼方にあるものへ思いを馳せるかのようだ。深い示唆に満ちたブルックナーであり、ヴァントという指無jiかいなけれぼ実現できなかった音が、すぐ目の前に拡がっていく幸福を昧わえる貴重な録音である。
VHL-71
ブルックナー:交響曲第9番
ヘルベルト・フォン・カラヤン(指)VPO
録音:1962年5月ウィーン・ライヴ
枯淡の深みよりも、むしろ青竹の生命力を滲ませながら演じられた若いプルックナーである。比較的旱いテンポで、淡白に音楽が進んでいくが、しかし、浅く勢いだけの解釈ではなく、むしろ若い天才がその凄みをみせるかのような驚きに満ちている。エージングを待つワインや、色を深める前のなめし革のような、甘く鮮烈な香りが渫うのだ。録音は、モノラルで音自体の鮮明さには欠けるものの、これから世界を支配していく考の煌きが、ーつ―つの音の響きから伝わってくるのがよくわかる。
VHL-72
ブラームス:交響曲第1番
ヨーゼフ・クリップス(指)NYO
録音:1961年11月25日ライヴ
ブラームスの苦悩を優し<解きほぐしていくかのような思いや引こ満ちた演奏だ。苦しいのは分かったから、気持ちを楽にしてカを抜いてごらんと諭すようなアプローチに、この交響曲は、重みを捨て柔らかな響きを奏で始める。ホルンの響きは明るい夜明けを告げているかのようであり、弦も無駄な圧力を接した明るい音に終始する。まるでごく小編成のオーケストラが奏でているかのように、軽やかに響くブラームスである。癒され満足した聴衆は、最後の音が消えぬ間に盛大な拍手を送り始める。良き時代のアメリカを思わせてさらに心が和む。
VHL-73
マーラー:交響曲第6番「悲劇的」
ジョージ・セル(指)NYO
録音:1969年11月24日ライヴ
ゴリゴリと荒削りな様相で始まるが、やがてそれぞれ独立して響いていた音が、ひとつの塊にまとまっていく。軍隊の行進のようなカの入った第2楽章、雲間から顔をのぞかせる青い月のように美しく冴えた第3楽章、全ての楽章の、全ての音の意味を理解しているセルならではの味付けと、いつもの卓越したアンサンブルが堪能できる名演である。やや古めの音ながら、マーラーの劇場性を克明に見せつけるセルの手腕が十分楽しめる記録となっている。
VHK-74
ハイドン:交響曲第31番「ホルン信号」、交響曲第93番、ブラーム:大学祝典序曲*
ジョージ・セル(指)クリーヴランドO
録音:1965年6月18日ライヴ(モノラル)、1966年9月22日ライヴ(ステレオ)*
男性的な力強さと、女性的な優雅さを合わせ持った希有な演奏である。ハイドンの31番では、セル十八番のアンサンブルの極地ともいえる細やかな演奏が楽しめ、反対に93番では、男性的なリズムと音運びが聴ける。力を込めて強調されたフレーズごとのアクセントと営のうねりぱ、まるで、大柄の王様と女王様がー緒にダンスを踊っているかのような典雅な迫力に溢れている。大学祝典序曲では、さらに精緻なアンサンブルで完成された音楽が溢れる。ーつの音もないがしろにしないセルの気質がよく現れており、当時のクリーブランド瞥の質の高さをうかがわせる。
VHL-75
ストラヴィンスキー:「花火」、ブラームス:交響曲第2番
ジョージ・セル(指)ケルンRSO
録音:1958年(モノラル)
本当に目の前で花火が弾けるような鮮烈な音に驚く。ストラヴィンスキーの録音を多く遺さなかったセルが、本当は完璧に彼の音楽を理解できていたことを知る貴重な記録である。ブラームスは、クリーブランドとの演奏と違い、堂々としたドイツ的な響きが強い。特に第4楽章は、ホールの壁を突き破るかのような豪快な音が響き渡り、おもわず身を引いてしまう程の迫力だ。会場ノイズがないところを見るとスタジオでの録音ではないかと推察するが、それにしてもこの燃焼度は尋常ではない。
VLL-76
マーラー:交響曲第5番
レナード・バーンスタイン(指)VPO
録音:1972年5月15日ライヴ
いままでに録音されたマーラーの5番の中で最も美しいものではないか。冒頭のトランペットの響きは朝焼けの冷たい大地を思わせる雄大な孤独感を瀾わせ、幻惑するかのように美しい弦の波へと続く。その後も、荒々しく爆発するのではなく美しいまま容積を増していく音楽が、巨大な絵画のような圧倒的な迫力で目の前に現れる。とろけるような第4楽章は、愛する人と迎える秘密の朝のように甘くせつない。確固たる美学を持ち続けたパーンスタインの最高傑作にして、マーラーの交響曲の頂点ともいえる記録である。テープ劣化と思われる音のゆれが第1楽章に数力所あり第4楽章冒頭に短いノイズが混入するが、全体としては良好な音質を保持している。
VLL-77
シューベルト:交響曲第9番「グレート」
レナード・バーンスタイン(指)NYO
録音:1986年ライヴ
非常にゆったりと、まったりとしたグレートである。第1楽章冒頭は特にテンポが遅く、音の流れを手に載せて愛撫しているかのようだ。第2楽章以降テンポは徐々にスピードを取り戻していくが、それでも、所々のフレーズで時々慈しむかのようにテンポを落としている様子は、急ぎ過ぎる時の流れに抗うかのような晩年のバーンスタインの心の内が見えるようでセンテメンタルな気分になる。演奏が終了すると前後して、ホールの聴衆は、年老いた英雄が創り出した、音楽という、生まれると同時に消え去る運命にある芸術そのものを、惜しみない拍手で称える。
2VHL-78(2CDR)
マーラー:交響曲第2番「復活」
レナード・バーンスタイン(指)VPO、ギューデン(S)、ルートヴィッヒ(A)、ウィーン国立歌劇場cho
録音:1967年6月12日ウィーンでのライヴ(モノラル)
還いテンポに支配された力の込もった、荘厳な「復活」である。ウィーン・フィルにしては硬いごつごつとした音づくりが功を奏して、自然の厳しさ、復活という輪廻の力強さをまざまざと見せつける。ソリスト、合唱ともに素靖らしい響きをみせるが、特にルートヴィッヒの独唱は、天に召し上げられそして再び力を与えられる魂の姿を克明に描き出す名唱で、心の底の深い部分に響いてくる。やや古めの録音状態ではあるが、第4楽章に1秒程の欠損がある以外は大きな瑕疵はなく、素晴らしきき時代の崇高なマーラーが蘇る。
VHL-79
パッハ:ピアノ協奏曲第1番、ベートーヴェン:交響曲第1番*
R・ジャノーリ(p)、カール・シューリヒト(指)シュトゥットガルトRSO、フランス国立O                    
録音:1 9 5 0年代のライヴ(モノラル)、1965年6月15日のシャンゼリゼ劇場でのライヴ(ステレオ)
VLL-80
シェーンベルク:浄夜、チャイコフスキー:交響曲第6番「悲愴」*
ヘルベルト・フォン・カラヤン(指)BPO
録音:1973年11月ライヴ、1981年11月ライヴ*
共に暗く深く思索的な趣に富んだ演奏である。シェーンベルクは、全ての思いを沈めて消してしまう暗闇と、そこから再びおこる新たたな魂の芽吹きを感じさせる、深遠な意味に溢れた演奏である。チャイコフスキーも他の指揮者のなす浅はかな解釈から遠く遥か深い階屠へと理解を深めた重量感溢れる演奏で、良質な哲学書を読んだ後のような疲労感と閃きが同等に押し寄せてくる希有な演奏となっている。音質も良好で、いまはもう遺された録音を通じてしか聴くことのできないカラヤンの哲学的問いかけが、ダイレクトに追ってくる。
VLL-81
ベートーヴェン:交響曲第5番「運命」、ムソルグスキー(ラヴェル編):組曲「展覧会の絵」
セルジュ・チェリビダッケ(指)ミュンヘンPO
録音:1985年2月23日ライヴ、1980年10月16日ライヴ*
VLL-82
チャイコフスキー:「くるみ割り人形」組曲、幻想序曲「ロメオ&ジュリエット」*
セルジュ・チェリビダッケ(指)ミュンヘンPO
録音:1991年2月8日ミュンヘンでのライヴ、1992年1月17日ミュンヘンでのライヴ*
チェリビダッケが愛したバレエ音楽の録音で、彼の心からの慈愛の思いが音楽全体に溢れている。さすがにこれほど遅いテンポでは、ダンスを踊ることは難しいだろうが、不思議と美しいダンサーの姿と表情が浮かぶような優雅なイメージが拡がる。音質も良好で、チェリピダッケが笑顔で軽く腰を振りながらリズムをとって指揮をするいつものポーズが目の前に浮かぶ、暖かい日溜まりのような音楽が楽しめる。
VLL-83
ドヴォルザーク:交響曲第9番「新世界より」
ヘルベルト・フォン・カラヤン(指)BPO
録音:1966年4月ライヴ
かつてフルトヴェングラーの指揮として発売された同曲の録音があったが、あれより遥かにフルトヴェングラー臭い。要所要所を引き締めるティンパニの連打といい、音が重なっていくに従って徐々にテンポをあげる癖といい、思いつめたような弱音部分もふくめ、すべての音がフルトヴェングラーを彷佛とさせる。もちろん演奏しているのはカラヤンである。しかし、フルトヴェングラーの遺した音楽を、このオーケストラでこれ程忠実に再現したのであるから、その才能はやはり本物といえる。
VLL-84
ブルックナー:交響曲第9番
ヘルベルト・フォン・カラヤン(指)BPO
録音:1974年6月21日ウィーン楽友協会大ホール・ライヴ
なんと壮大な、宇宙的な演奏だろうか。冒頭の金管のアンサンブルからして、その力は圧倒的であり、地球をはるか下に見下ろす宇宙的な高みに一挙にかけ登る。そしてブルックナーがみた神々による真理の探り合いがくり返し続いていくのだ。この演奏を聴けば、宇宙物理学者は新たな法則を発見するであろう。宗教家は新たな宗派を興すかもしれない,無限のパワーと思索に満ちた演奏であり、もはや音楽という芸術の一つに留めておけない圧倒的な「何か」がある。
VLL-85
ヴィヴァルディ:シンフォニア ロ短調「聖なる墓に」、ブラーム:交響曲第4番*
ヘルベルト・フォン・カラヤン(指)BPO
録音:1971年9月25日ベルリン・ライヴ、1975年5月17日ザルツブルグ・ライヴ*
カラヤンに何があったのか知る由もないが、2つの曲ともに葬送の列を見送り頭をたれるかのような、静かな悲しみに満ちた録音となっている。ライブとは思えない美しく整った演奏のせいもあるのだろうが、失った者を愛しむ皆の思いを運ぶように静かに歩を進める音楽は、ブラームスの交響曲でさえも、どこか空虚な響きでその色を抜いてしまったように静かに進む。ようやく第4楽章になって明るい日ざしが遠くに見え、希望の光が差し込むが、燃え上がる情熱に満ちあふれるまでの高揚はなく、'ところどころにやはり影をみせる。カラヤンのロマンチシズムが行き渡った秀演であり、会場に溢れるブラボーの嵐とは裏腹に、ライプ録音にして静かな充足感を味わえる希有な記録である。
2-VLL-86(2CDR)
ブルックナー:交響曲第8番
セルジュ・チェリビダッケ(指)ミュンヘンPO
録音:1988年1月27日
まるでパイプオルガンで演奏しているかのように、低音部が整ってまとまった演奏に驚く。もちろんチェリビダッケによるとろけるようなテンポは健在で、ブルックナーによるオペラともいえる美しい情景を出現させるだけではなく、宇宙に漂うかのような不思議な浮遊感で聴く者を包み込む。具体的なものを描き出すより、なにか漠然としつつも全体として美しいものを追求した晩年のチェリビダッケを代表する見事な演奏であり、話題のリスボンライブと双璧をなす記憶にとどめるべきブルックナーである。
2-VHL-87(2CDR)
モーツァルト:ピアノ協奏曲第17番、ハイドン:交響曲第99番、交響曲第100番「軍隊」、ブラームス:交響曲第1番
レナード・バーンスタイン(指)ボストンSO
録音:1975年7月4日タングルウッド、1985年7月20日、以上モノラル録音
バーンスタインの美しいピアノが楽しめる貴重な録音。テクニック的には問題のある箇所もあるが、なんといってもその歌う力に引き込まれる。指揮以上に自らの詩情を高らかに表すこの演奏は、バーンスタインの音楽への愛情が満ちあふれ心打たれる,ハイドンも同様に優しく美しい演奏であり、会場の聴衆を至福の時に導いたに違いない。やや会場ノイズが気になるが、その幸せの雰囲気を浴するには十分な音質を保っている。一方でブラームスは晩年の渋みが加わり、重戦車のような重い歩みの力強い演奏である。有名な「悲憶」の演奏と同じようにテンポは遅く、フレーズの1つ1つの意味を噛みしめるような演奏で、心の奥底に届く響きを持つ。
VHL-88
ベートーヴェン:交響曲第3番「英雄」
オットー・クレンペラー(指)ベルリンRSO
録音:1958年3月29日ベルリンでのモノラル・ライブ
地の底から轟くようなクレンペラーの響きに満ちた英雄である。「こうでなければならないjという確信に裏付けされた演奏は、日和見的な生活を送る我々に力強いメツセージを送っているようで、聴いていると徐々に握りこぶしに力が入る。特に終楽章は、老いた英雄が迫りくる敵の大集団をものともせず、白髪を乱しながら自らの剣を振りかざす壮絶なシーンが目に浮かぶリアリティーに溢れる豪演で涙が浮かんでくる。音質も年代を超越した良好なもので、一部ノイズが気になる箇所もあるが、このドラマを心行くまで堪能できるレベルを維持している。
VLL-89
ハイドン:交響曲第85番、モーツァルト:コンサート・アリア「もうよい、すべてわかった」、「あわれ、ここはいずこ」#、リスト:交響詩「前奏曲」*
セルジュ・チェリビダッケ(指)ミュンヘンPO、ウィーンSO*、W.グロブホルツ(s)、コトルバス(S)#
録音:1986年12月6日(ステレオ)、1952年10月30日*(モノラル)
まるで教会で演奏しているかのような豊かな残響に満ちたハイドンとモーツァルトは、チェリビダッケの美しい指揮と相まって、非常に宗教色の強い演奏となっている。祭壇の向こうに大きな十字架が見える教会で、司祭の衣装をまとったチェリビダッケが、病んだ我々の心を浄化してくれているような慈悲に溢れた音楽で、これを聴き終わった後には、少し心が透明になる。リストはやや音がやや古いが、音の粒を丁寧に扱い安定したフォルムに組み立てるチェリビダッケの特徴が良く出ている演奏で、この曲全体の構成が見渡せる秀演である。
VLL-90
シューベルト:交響曲第4番、ブラームス:交響曲第4番
カルロ・マリア・ジュリーニ(指)ボストンSO
録音:1969年10月31日
ボストン響からドイツの音を引き出しているジュリーニの手腕に驚嘆する。厚く深みのあるその音は、両曲に込められた意味を探り当て美しい響きとなってスピーカーから溢れてくる。仕立ての良いスーツのように、一見何でも無いような箇所にこだわりのディテールがあり、何度も聴き込むとその深みにはまってしまう不思議な魅力に満ちている。音質も良好で、時にジュリーニが踏みならす足音さえ聴こえてくる。
VHL-91
ブラッハー:パガニーニの主題による変奏曲、リスト:ピアノ協奏曲第1番、ブラームス:交響曲第1香
ホルヘ・ボレット(P)、ハンス・シュミット・イッセルシュテット(指)北ドイツRSO
録音:1963年1月7日カーネギーホールモノラル・ライヴ
非常にゴツゴツとした無骨な演奏で、当時これを聴いたアメリカの聴衆は何を思っただろうか。ブラッハーのヴァイオリンの響きからして既に岩のように重く硬い。リストのピアニストもこの響きに影響されたのか、やや遅めのテンポでどっしりとした頑丈な協奏曲を聴かせる。極め付けはブラームスで、分厚く重いコートをまとった代表的な北ドイツ的演奏といえるだろう。全体的に安定した音質となっており、ブラームスで一部デジタルノイズが入る箇所があるが、本物が奏でる響きが楽しめる。
VLL-92
モーツァルト:ピアノ協奏曲第20番、ワーグナー:「タンホイザー」序曲
オトマール・スウィートナー(指)ボストンSO、アルフレート・ブレンデル(P)
録音:1982年8月17日のライヴ
ピアノの音を真珠の玉に例える表現を良く耳にするが、この演奏を聴いて初めてその表現の真の意味が実感できた。しかも、上質の厚いビロードの絨毯の上に真珠の玉をばらまいたような、美しく丸く優雅な演奏なのである,ブレンデルがこれ程素直にモーツァルトを弾きこなすとは思わなかった。彼の特徴あるうなり声まで録音されているが、おそらくこの有名な20番の最高位に位置される名演であることは間違いない。時々驚いたような爆演をするスイトナーだが、20番では大人しく、ワーグナーでようやくその片鱗を覗かせる。整った響きの奥底で赤いマグマがグツグツとうごめいているのがわかるのだ。
VHL-93
プルックナー:テ・デウム、ベートーヴェン:交響曲第4番*
ヘルベルト・フォン・カラヤン(指)VPO、BPO*     
録音:1962年5月26日(モノラル)、1985年4月27日ロイヤルアルバートホールでのライブ(モノラル)*
荘厳な響きが溢れるテ・デウムは、カラヤンの以後の活躍を約束するかのような幸福な示唆に満ちている。コーラス部分に多少荒さが見られるが、その分この曲にはめずらしく勢いが感じられ、過去よりも将来を照らすかのような光が眩しい。ベートーヴェンは絶頂期のパワーを見せつける秀演で、ロンドンの観客はベルリンフィルという最高の道具を使いこなすカラヤンの力に驚悔したに違いない。ややこもりぎみな音質ながらも、ホールの美しい残響まで楽しめる録音となっている。
VLL-94
シベリウス:バイオリン協奏曲、ストラヴィンスキー:「春の祭典」
クリスチャン・フェラス(Vn)、ヘルベルト・フォン・カラヤン(指)VPO、BPO*
録音:1971年9月25日ベルリンでのライヴ
フェラスのバイオリンは悲しい響きを残し、シペリウスの音楽にぴったりと寄り添うように優しい。カラヤンのパックアップもあって、彼の本質である優しく歌い上げる部分が安定して出切った演奏で、おそらく自身も大満足のライブであったち違いない。一方「春の祭典」は、野生のリズムに支配された豪演で、カラヤンの汗が飛び散る。紳士カラヤンからは想像もできない熱い血が煮えたぎるような、轟々とした響きの塊がせまってくる稀にみる切迫した圧力のある記録となっている。
2-VLL-95(2CDR)
ワーグナー:ジークフリート牧歌、「ニュルンベルグのマイスタージンガー」第1幕前奏曲、「ワルキューレ」第1幕
ルネ・コロ、エヴァ・マリー・ブントショー、ジョン・トムリンソン、クラウス・テンシュテット(指)LPO
録音:1991年10月10日ロンドンでのライヴ
ドラマチックという言葉がこれ程似合う演奏はないだろう,テンシュテットが、愛するワーグナーの音楽を魂の底から沸き上がる力をもって奏でた希有な記録で、既出の録音全てを投げうってこの盤のみを残しても決して後悔はしないだろう。特にマイスタージンガーの迫力は圧倒的で、聴いていると間違いなく血圧が上がる。ワルキューレは、歌唱陣も素晴らしく、目の前にフルカラーの舞台が拡がる錯覚を覚える程生々しく緻密な出来上がりで、音のみをもって壮絶なドラマを描き切る。
VHL-96(1CDR)
マーラー:交響曲第1番「巨人」
ヨーゼフ・カイルベルト(指)シュトーツカペレ・ドレスデン
録音:1950年2月4日
巨人の歩みそのもののゆったりとした音楽が流れていく。陽のあたる草原を進む巨人の足取りは、徐々にその速度を速めるが、遥かな高みから見下ろす様々な風景を楽しむ余裕をもちながら終わりの場所に行き着く。カイルベルトが物語として理解したマーラーの交響曲をそのまま素直に再現した演奏で、現在の指揮者では再現することができない豊かな雰囲気にあふれた秀演であり、カイルベルトの多才な表現力に驚く。音質も落ち着いた良いもので、ゆったりとしたテンポと相まって、古い絵巻物をみるかのような渋い味わいが堪能できる。
VHL-97
バッハ:ブランデンブルグ協奏曲第2番、モーツァルト:交響曲第41番「ジュピター」、R・シュトラウス:ティル・オイレンシュピーゲルの愉快ないたずら」
ハンス・シュミット・イッセルシュテット(指)北ドイツRSO
録音:1963年2月3日ワシントンDCライブ(モノラル)
バッハはもちろんのこと、全ての曲が高貴な雰囲気に溢れた稀にみるまとまりのあるライブ録音である。シュトラウスまでもが、まるで貴族の宮廷でその演奏を楽しんでいるかのように聴こえてきて興味深い。北ドイツ放送響にしては、響きの明るい音でそれぞれの曲を演奏しており、イッセルシュテットの笑顔さえ想像できる。ややこもりぎみの音質ながらも、ワシントンの明るく平和な一日が見事に我が家に蘇る。
VHL-98
ブルックナー:交響曲第7番
カール・シューリヒト(指)デンマークRSO
録音:1954年9月30日チヴオリガーデンズでのライブ(モノラル)
淡白なシューリヒトらしい音が重なりあって複雑な色彩を持ったブルックナーが出来上がっている,哲学的なメッセージよりも、むしろ音楽そのものの持つ美しさと力を信じたような美しい演奏で、印象派の絵画のように線と点が重なりあって全体像を紡ぎ出す。その魅力に打たれたのは観衆ばかりではなかったらしい。演奏終了後、オーケストラはなんとファンファーレを吹き鳴らす。観客の拍手と溶け合ったこれまた美しい音を響かせるのだ。第一楽章に一部音のゆれがあるが、総じて良好な音質といえる。
VHL-99
シューマン:交響曲第3番「ライン」、スメタナ:「売られた花嫁」序曲*、バッハ:復活祭のカンタータ*
ジョージ・セル(指)NYO、クリヴランドO*
録音:1963年3月14日(モノラル)、1960年代(モノラル)*、1968年4月11日(ステレオ)*
セルにしては珍しく柔らかな音が流れる,いつもの理詰めのシャープな音を予想して聴き始めると意外に思える程滑らかな音の動きで、驚かされる。シューマンは他のどの演奏よりも、柔らかく颯爽とした演奏になっており、スメタナも民族臭の少ない、中性的な好演にまとまっている。圧巻はバッハで、こちらはいつも以上にセルらしい凛々しい演奏となり、バッハの持つ高貴さが透明な空気を伴って伝わってくる。使われている音の一つ―つが構築する巨大な建造物を日の当たりにするような繊細でかつ壮大なバッハである。
VLL-100
シベリウス:交響曲第2番
クルト・ザンデルリンク(指)LPO
録音:1989年4月19日のライヴ
大きな氷河の流れが追ってくるような豪演である。しかし、その氷河が透明で冷たい美しさを保っているところが、ザンデルリンクの凄さで、彼のように細部を完全に整理してまとめあげなければこの美しさは濁りを帯びるだろう。永遠に続くかのような物語を秘めた音楽は、ロンドンのオーケストラにして暗い音色を響かせ、ぬめぬめとした透明の濡れた表面をぎらつかせる。第2楽章に数力所音とびのような瑕疵があるが、音楽の流れは傷付かない。
VHL-101
モーツァルト:「ドン・ジョヴァンニ」序曲(コンサート用編曲)、交響曲第29番#、ベートーヴェン:交響曲第1番*
オットー・クレンペラー(指)ベルリンRSO、ケルンRSO*、ウィーンRSO#
録音:1960年代、1954年10月25日*、1958年2月23日#
クレンペラーらしい里い銀の靴を履いて毛足の長い絨毯の上を歩くような、渋く重く滑らかな演奏である。ベートーヴェンは錆びた金属を舐めたときのような渋みに満ちあふれ、以降続いていく苦渋の交響曲の誕生の予感に溢れる。モーツァルトは、軽快さを失い真面目になってしまい、その天才の部分のみが表面に引き出され、本来の面目たる音楽の深みをさらけだす。クレンペラーにしかなし得ない荒技である。
VLL-102
ベートーヴェン:交響曲第7番、第8番
セルジュ・チェリビダッケ(指)ミュンヘンPO
録音:1989年1月26日のライブ、1984年1月22日のライブ
まさにチェリビダッケという典型的な演奏で、蕩けるように遅く美しい。7番の後半楽章はやや一般的なテンポになってくるが、それでも音の響きは美しさを失わず、オーロラのような滑らかで幻想的な輝きを放つ。7方、8番も瑠璃色の輝きに充ち、天使が舞い降りてきそうな幸福な空気を部屋に充満させる、催眠術のような魔力の演奏である。両曲とも終了後の会場からの拍手が満足感に溢れているのが印象的だ。
VLL-103
J・シュトラウス:アンネン・ポルカ、ブラームス:二重協奏曲
W・ジョブホルツ(Vn)、H・スティーラー(Vc)、セルジュ・チェリビダッケ(指)ミュンヘンPO
録音:1984年3月4日のライブ、1990年2月3日のライブ
チェリピダッケは、時々思いがけず気の抜けた陽気で明るい演奏をするが、ここにあるシュトラウスはまさにその演奏で、陽気なおじさんとも思える楽しさで曲をこなす。一方のプラームスは、薄暗い洋館の部屋で、どうしようもない悩みを抱えてながらその解決案の思い付きに一喜ー憂する美しい貴婦人の姿を想像させる気品と正統性に満ちた名演で、2つの弦が完全にオーケストラに溶け込み、一体となってドラマをかもし出している。やや音場が遠めながらもチェリビダッケの両方の顔がみえる貴重な記録となっている。
2-VHL-104(2CDR)
ブルックナー:交響曲第8番 
カルロ・マリア・ジュリーニ(指)CSO
録音:1975年12月17日カーネギー・ホール・ライヴ(モノラル)
民族臭の薄いシカゴ響のせいか、ジュリーニの音楽が彼の解釈のまま突き出してくる。重く沈むところは重く、歌うところは至上の美心をもってどこまでも美しく、金ての音楽を丁寧に作り上げており、壮大なブルックナーの8番が、他の指揮者が描くような想像に基づく宗教画ではなく、精緻な人間のドラマとして蘇ってくる。モノラル録音ながら聴きやすい音質もあり、満足そうに目を細めるジュリーニの横顔が浮かぶ秀演である。
2-VLL-105(2CDR)
ムソルグスキー(ラヴェル編):組曲「展覧会の絵」、ベートーヴェン:ミサ・ソレムニス*
カルロ・マリア・ジュリーニ(指)BPO、E.モーザー、J.ハマリ、P・シュライアー、K・リーダーブッシュ、エルンストゼンフcho
録音:1977年1月17日ベルリンでのライブ(モノラル)、1978年1月13日ライヴ(ステレオ)*
ヒスノイズが多いながらも、白い手袋をした執事が先導してくれているかのような気高い展覧会の絵は、ジュリーニ&ベルリンフィルの組み合わせでなければ実現しなかったであろう奇跡ともいえる輝きをみせる,ミサ・ソレムニスは、聴く者から言葉を奪う。10分も聴けば手を合わせ、頭を垂れている自分に気づくはずだ。ジュリーニの丹念な指揮は、宗教という人間の考えた枠組みを超えた壮大な普遍の世界がどこかに拡がっていることを教え諭してくれる。音質も良好で静かな瞑想の時が楽しめる。
VLL-106
チャイコフスキー:交響曲第5番
レナード・バーンスタイン(指)ボストンSO
録音:1974年タングルウッド・ライヴ(ステレオ)
バーンスタインの“こぶじが全開の演奏で非常に楽しい。あらゆる見せ場でテンポが変化し、どうだ!とばかりに大見得を切る。ティン八二ーは激打をくり返し、金管はまさにロシア風に強奏を競う。バーンスタインのファン以外でも、やっぱりチャイコの5番はこうでなくちやと恩わせる奇妙な説得力を持った演奏で、聴いていると心の底からエネルギーが湧き出してくるのを感じることができる。  ※Fechmannから出ていたものと同一と思われます。
VLL-107
ブルックナー:交響曲第8番
ヨーゼフ・カイルベルト(指)ケルンRSO
録音:1960年代(ステレオ)
聴き慣れた曲の演奏で今まで知らなかった響きを発見すると、背中がゾクゾクするような嬉しさを感じることがあるが、この演奏はその嬉しい驚きがいっぱいつまった宝箱のような演奏である。カイルベルトにより、リハーサルの段階で相当細部まで練り上げられたのだろうが、響きとしてあるべき音は完全にしかも美しい響きをなし、さらにそれが斬たな響きへの波紋をおこしているかのような不思議な音楽に満ちていて、木霊のように心に届く。3楽章、4楽章に一部音の欠落があるが、この新たなブルックナーの名演の登場は、歓喜をもって迎えることができるだろう。
VHL-108
シューベルト:交響曲第9番「グレート」
ジョージ・セル(指)ケルンRSO
録音:1960年代(モノラル)
セル独特の小さなナイフを振り回すような、切れ味の鋭い爽快感の高い演奏である。当然のように完璧なアンサンプルは、極少人数のオーケストラで演奏しているかのような混じりけのない響きを残し、快速のスピードで高揚感の頂点へ聴く者を連れ去る。車の運転中に聴いたりすると、思わずアクセルを踏み込んでしまうだろう。整った音質は、セルの職人芸を余すところなく伝えており、彼の天才を存分に楽しむことができる。
VLL-109
ベートーヴェン:交響曲第2番、交響曲第5番「運命」*
クルト・ザンデルリンク(指)ベルリンRSO
録音:1993年、1984年10月1日*
交響曲第2番はヒスノイズが目立つものの、ザンデルリンクの持つ落ちついた音楽が古典の風格を備えた秀演を生み出すことに成功しており、この曲の代表的な演奏の一つとして挙げることができる。運命の動機に特徴を持たせた第5番は、オーソドックスな雰囲気を保ちながらも、所々で見せる力わざともいえる個性的な解釈で、この曲の可能性を拡げている。残念ながら引退してしまったザンデルリンクが残した、ベートーヴェンの解釈への一つの答として記憶すべき演奏である。
VHL-110
ハイドン:交響曲第92番「オックスフオード」、チャイコフスキー:交響曲第6番「悲愴」*
セルジュ・チェリビダッケ(指)スイス・イタリア語放送O、ケルンRSO*
録音:1973年10月17日(モノラル)、1957年(モノラル・スタジオ録音)*
チェリビダッケがこのような美しいハイドンを遺していたことに驚いた。音はそれ程フレッシュなものではないが、チェリピダッケ独特の滑らかで柔らかな音のつながりは十分堪能できる。彼にしかできない、魂を吸い取るような無限の美しいハーモニーがちりばめられており、特に第2楽章などは聴いていると気が遠くなる。「悲愴」は端正なテンポでまとまっており、晩年の演奏とは違った印象であるが、丁寧に一つ一つ音を紡いでいく彼の手法がすでに完成されていたことを知ることができる秀演である。
VLL-111
プロコフィエフ:交響曲第5番 
セルジュ・チェリビダッケ(指)ミュンヘンPO
録音:1990年2月2日ローゼンハイムでのライプ録音
チェリビダッケのロシア音楽への造詣の深さが良くわかる好演であり、チェリビダッケファンには必携の記録である。プロコフィエフ独特の飛び跳ねるような音の運びを見事に処理しており、ことによると現在のロシア人の指揮者などよりも、はるかにロシア的に仕上がっているといえるのではないか。ミュンヘン・フィルはいつものようにチェリビダッケの思うままの音を奏でており、まったく不安なくこの名曲を我がものにしている。
VHL-112
モーツァルト:協奏交響曲*、R・シュトラウス:ティル・オイゲンシュビーゲルの愉快ないたずら、ストラヴィンスキー:2つの組曲#
ハンス・ロスバウト(指)南西ドイツRSO*、南西ドイツ放送木管五重奏団*、フランス国立放送O#
録音:1958年9月11日(モノラル)*、1954年12月6日#
モーツァルトはロスバウトにしては余りに正統な美しい演奏で驚く。まるでセルが指揮しているかのように整った音が、やや短かめの残響を伴ってくり出してくる。音楽の流れ等眼中になく、音符−つ一つしか意識していないような普段の演奏からは想像できない程華麗だ。一方、シュトラウスとストラヴィンスキーでは、いつものロスバウトが戻ってくる,これ程鋭い切れ味の音楽はロスバウト以外には不可能であろう。それぞれモノラル録音ながら高音質で記録されており、演奏の隅々まで見通すことができる。
VLL-113
ヘンデル:合奏協奏曲第7番〜ラルゴ/アンダンテ/ホーンパイプ、R・シュトラウス:4つの最後の歌*、シベリウス:交響曲第2番#
E・シュワルツコップ(S)、ジョン・バルビローリ(指)ロスアンジェルスCO、LSO*、ボストンSO#
録音:1969年11月17日、1969年9月28日*、1964年10月3日#
バルビローりとシュワルツコップのシュトラウスが聴ける素晴らしい記録である。シュワルツコップはいつものように心のこもった歌唱をくり出し、シュトラウスの望んだ映像を見事に聴く者の前に写しだす。バルビローりのバックも熱く、情感の極みともいえる音を奏で上げる。ヘンデルが押さえた美しさを提示しているのと反対に、このシュトラウスと後に続くシベリウスでは、バルビローリ節が見事に炸裂しており、そのレベルは全ての彼の演奏の頂点ともいえる記録になっている。一部ノイズの混入した箇所があるが、全開となったバルビローりの音楽の前では殆ど気にならないだろう。
VHL-114
ハイドン:交響曲第97番「オックスフオード」、シューマン:交響曲第2番*
ジョージ・セル(指)ボストンSO、NYO*
録音:1945年1月26日、1961年6月30日*
聡明な執事が取り仕切る朝食のように、明るく整然とした気品あるハイドンは、ややノイズが気になるが、それでもセルの気品が満ちあふれてくる秀演であり、この曲に親しんだ者にも多くの新しい驚きを与えるだろう。シューマンは、舞踏会でタキシードの下に短剣を隠し持つ若い復讐者のような、気品と悲壮さと華麗さが同居した複雑な様相を見せ、ドラマチックな音楽を構成する。第一楽章に音の揺れの気になるところがあるが、音質は後半に行く程よくなってくる。
VHL-115
ハイドン:ネルソン・ミサ、バッハ:マニフィカート
B・ヴァランテ(S)、G・キレブリュー(Ms)、K・リーゲル(T)、J・チーク(Bs)、タングルウッド祝祭cho
レナード・バーンスタイン(指)ボストンSO
録音:1977年7月8日バークシャー音楽祭、モノラル・ライヴ
音楽祭での演奏ということもあるのか、あまり説教臭くない演奏で、むしろ純粋に音楽を楽しむことができる。ハイドンもバッハも、バーンスタイン流に解釈されておりヨーロッパの教会というよりも、ブロードウェイのミュージカルハウスの風情があり理解しやすい音楽にまとめられている。普段着で楽しめるハイドンとバッハではあるが、あまりに宗教的な両曲をここまで噛み砕いて構成しなおすバーンスタインの腕はやはり確かなものだ。
VLL-116
チャイコフスキー:交響曲第4番
クルト・ザンデルリンク(指)ウィーンSO 
録音:1998年のライブ
落ち着いたツイードのジャケットのような渋い演奏である。時折ロシアの熱い血が見える響きを見せるが、総じて理性が支配した安定した演奏で、音の運びをスコアで確認しながら聴きすすめているような安心感がある。ザンデルリンク自身数えきれない程演奏したであろうこの曲を、もう一度慈しむように丁寧に演奏するその姿勢は、細部のこれみよがし変化を個性と履き違える多くの演奏家への警鐘ともいえるもので、非常に尊い。
VLL-117
ヒンデミット:ウェーバーの主題による交響的変容、シューベルト:交響曲第3番*
セルジュ・チェリビダッケ(指)ケルンRSO、スウェーデンRSO*
録音:1958年モノラル・ライヴ、1970年代ステレオ・ライヴ*
若き日のチェリピダッケが演奏するヒンデミットは、後年の彼からは想像できない程荒削りでアグレッシブな演奏で、多くのファンは驚くことになるだろう。一方のシューベルトは、既に完成された演奏スタイルに則ったもので、いつものように極力細部にこだわりながらも、同時に全体を見渡すという恐るべき天才の芸術となっている。ややヒスノイズが気になるものの、チェリビダッケの珍しいレパートリーが聴けるまたとない記録である。
VLL-118
ブルックナー:交響曲第8番
ラファエル・クーベリック(指)クリーヴランドO 
録音:1971年ステレオ・ライヴ
ライブでは異常に燃えるクーベリックのブルックナーであり、当然第1楽章からすでに頭に血がのぼってしまっている豪演となった。その彼の要求にバカ正直に答えるクリーブランド管の演奏もすごい。握りこぶしの中で爪が割れるような力んだ演奏で、正直多少疲れるが、ライブのクーベリックの頂点として記憶されるべき記録であり、また全てのブルックナーファンはこの血が煮えたぎる8番を聴かずしてブルックナーを語ってはならない。
2VLL-119(2CDR)
マーラー:交響曲第9番
クルト・ザンデルリンク(指)LPO
録音:1990年2月18日
もう生では聴くことのできないザンデルリンクの秀演である。テンシュテットとは違う、大人の凄みを感じさせる演奏は、大袈裟な振幅は持たず、静かに美しい響きを伴って聴<者の心の底を打つ。マーラーが求めていた深い理解と共感による演奏の典型であり、同曲の規範となるべき演奏といえるだろう。音質も上々で、なぜザンデルリンクがこれほどまでにヨーロッパで熱く支持されているかが良く理解できる。

2VLL-120(2CDR)
ベートーヴェン:交響曲第7番、エグモント序曲、交響曲第6番「田園」
オイゲン・ヨッフム(指)バンベルクSO
録音:1982年9月21日
自制心という仮面をとったヨッフムの気迫が溢れ出るベートーヴェンの演奏集である。7番ではそれでもやや押さえぎみの様子を見せるが、所々にその片鱗を覗かせ始めたヨッフムの魂は、エグモント序曲でその素性を曝け出す。重いグローブを付けたヘビー級のボクサーの殴り合いのような壮絶なドラマがこの短い序曲に展開していくのだ。6番においても、優雅な田園風景の描写だけに終わるはずもなく、本物の雷鳴以上に生々しく激しい雷鳴が轟き渡る。ヒスノイズが残る録音ではあるが、ヨッフムの正体を目の当たりにできる貴重な記録である。

2VHL-121(2CDR)
パッハ:ブランデンブルグ協奏曲第5番、ヴァイオリン協奏曲第1番&2番、プロコフィエフ:ピアノ協奏曲第2番 
ユーディ・メニューイン(Vn)、シューラ・チェルカスキー(P)、ヨゼフ・クリップス(指)NYO
録音:1965年2月15日リンカーンセンター、1964年10月18日リンカーンセンター、1961年11月のライブ
チェルカスキーとのプロコフィエフは、クリップスが始めてニューヨーク・フィルを指揮したときの記録らしい。両者の非常に緊迫した雰囲気が伝わってくるが、その中でも淡々と自らの演奏に終始するチェルカスキーの度胸は敬服に値する。バッハの2曲も非常に生き生きとした演奏となっており、特にメニューインとの協奏曲は、お互いが信頼しあいリラックスしているのが手にとるようで、安心して楽しめる。音質は年代を考慮すると優秀なもので、ホールに紛れ込んだかのような臨場感が味わえる。
VHL-122
メンデルスゾーン:交響曲第4番「イタリア」、ラフマニノフ:交響的舞曲
キリル・コンドラシン(指)シンシナティSO
録音:録音日不詳(モノラル)
メンデルスゾーンの喜びをそのまま演奏に表したかのような、明るく、爽快な指揮である。どこか現代曲の香りが漂うのは、やはりコンドラシンの性なのであろうが、それでも解釈としてはクリアなもので、音楽の楽しみに満ちている,一方ラフマニノフは、土の臭いのする民族色の強い音楽となっている。まるで「春の祭典」のようなリズムの区切り方と、強弱の繰り返しが、単なる舞曲以上の宗教的な色彩を帯びて凄まじい迫力で追ってくる。
VHL-123
ショスタコーヴィチ:交響曲第5番
キリル・コンドラシン(指)ミュンヘンPO
録音:録音日不詳(モノラル)
コンドラシンはこの録音で、複雑な歴史を持つ束の大国の状態を、遠い異国で傍観しているかのような、非常に客観的な解釈をみせる。ミュンヘン・フィルとの演奏ということもあるのだろうが、従うべき思想や主義ではなく、芸術の本質そのものをショスタコーヴィッチという題材を用いて解きあかそうとする非常に冷静で分析的な指揮である。やや音場が遠目の録音ではあるが、純粋に音楽の流れが聴き取れる珍しいショスタコーヴィッチの5番となっている。
VHL-124
ハイドン:交響曲第94番、シューベルト:交響曲第5番
クレメンス・クラウス(指)BPO
録音:1944年11月21日、1944年11月24日
放送用にスタジオで録音されたもののようであるが、それにしても何と整った典雅な演奏であろうか。ハイドンはハイドンとしての気品に溢れ、貴族の生活を覗き見るかのように華麗なユーモアに富む。シューベルトは、彼が心の底で保ち続けた気高さを臭わせるかのような、無駄の無い整った響きを持つ。音源の保管状態が良かったのか、音質も年代相応以上のものであり、クラウスという気高き指揮者が正統な態度をもって、気高き作曲家の遺した秀作を共感をもって演奏した貴重な記録となっている。
VLL-125
ブラームス:交響曲第1番
セルジュ・チェリビダッケ(指)ミュンヘンPO
録音:1989年10月5日(モノラル)
例によって蜂蜜が流れるかのような、甘美なまでにゆったりとしたテンポで音楽を進めているが、このブラームスでは、その流れに異常なまでの重みが感じられる今までにない演奏になっている。より正確に例えるなら、ゆっくりと確実に迫り来る赤く溶けた溶岩の流れといったところか。特に最終楽章の歩みは遅く、一つ一つの音に念を込めてから宙に放っているかのようだ。しかもその音の流れが自然なだけに、これを聴いた後では、他の演奏がひどく雑に聴こえしまうという、恐ろしい副作用を持つ。
2VLL-126(2CDR)
ブルックナー:交響曲第8番
セルジュ・チェリビダッケ(指)ミュンヘンPO
録音:1985年4月3日ミュンヘン
極限まで雑昧を取り除いて、純粋な音だけを組み立