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ミハイル・プレトニョフ(指) |
| ロシア・ナショナル管弦楽団 |
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Pentatone
PTC-5186385
(1SACD)
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| 演奏時間: |
第1楽章 |
14:48 |
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第2楽章 |
13:55 |
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第3楽章 |
5:43 |
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第4楽章 |
12:22 |
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| カップリング/フランチェスカ・ダ・リミニ |
| "プレトニョフは指揮を通じて何をしたいのか?疑問が拭えない再録音" |
★全ての音楽家が目指すのは、眼の前の音楽を自身の表現力によって一層輝かせることであり、決して楽譜を忠実に再現することが目的ではないはずです。ですから。ここでプレトニョフが披露しているユニークなアプローチも、作品に新たな魅力を与え、新たな生命を宿すことに寄与しているのなら、どんなに奇抜なものでもその感性と意志の力を称賛すべきだと思います。ところが、この演奏で聴かれるニュアンスの数々は、ただただ奇異としか受け取れないものが殆どで、そもそも、指揮者の役割をどう考え、指揮で何をしたいのか、理解に苦しむのです。
昨今の指揮者は個性的であるように見えながらも、批判されない(特にオケ側から)範疇での穏当な表現に小さくまとまっていることが多いですが、プレトニョフはどうもそれとも違う気がします。まず、作品の全体像を捉えきれていないか、または音楽として集約する能力が掛けているフシがあります。全てのアイデアや表現が唐突で、一貫性に欠けるからです。また、楽譜の指示をあえて変更する根拠も不明。そこに必然性が感じられず、聴き手にモヤモヤ感を残しながら曲が進行してしまうので、聴後に「良い曲を聴いた!」という達成感など訪れるはずもありません。更には、スコアの読みも極めて表面的。数々の独特の仕掛けの良し悪しは別として、それ自体が表現として練られていない、またはオケに説得しきれていないようです。それ以外の箇所以外は概ねスコアの指示どおりですが、スコアを洞察した結果というより単に素通りしている感が拭えず、つまり、作品への心からリスペクトという点でも疑問符が付くのです。
第1楽章では、声部間のバランスが不均衡になる箇所があり、早くも棒のテクニック不足を露呈。指揮活動を始めて何年経つのでしょう?第2楽章は、響きの制御が不徹底で、感情表現にもムラや唐突感がありますが、作品の美しさを際立たせるアイデアが功を奏している部分が多いのが救い。中間のクラリネット・ソロが始まる直前をこれほどじっくり余韻を感じながら歌いあげた例は稀ですし、86小節(7:250付近)で少しリタルダンドして一呼吸を置くアイデアも前代未聞ですが、これは慧眼!同じフレージングの繰り返し中にコントラストをもたらす素晴らしいアイデアです!108小節のピチカート以降の木管をはっきりと主張させるのも素晴らしい!こうでなければ!
第3楽章も、なかなか洗練された美しさで聴かせます、終始イン・テンポで、特に独特のアイデアを盛り込んでいないので、オケの潜在能力がストレートに出た結果ではないでしょうか?ただ、コーダで結尾をいちいちリタルダンドとルフトパウゼを挿入していますが、2回目だけで良いのでは?
ところが、終楽章ではまたしてもチグハグな解釈が再燃。最大の問題は、主部のテンポ設定。主部の入りはごく標準的なテンポで開始し、しばらく経った114小節辺りから急に加速を始めるという大胆さ。もちろん前回の録音でも見られなかった解釈ですし、古今を通じても前例なし。しかもアンサンブルが空転気味で成功したとは言えないのです。そして、そのふわふわ感が変に尾を引くことに。運命動機の斉奏では猛烈なスピード感を誇示しますが、多めの残響もあってとにかく煩い!再現部直前に長いスパンでリタルダンドを掛けるのも、ただただ滑稽。再現部では、主部冒頭と同様の途中からの加速あり。唯一素晴らしいと感じたのは、終盤504小節のプレストに転じるまでの大きな構えと響きの重心の低さは見事な造形美を形成。プレストに転じる際の間合いの良さも古今を通じて傑出しています。なぜ、このスタンスを他の箇所でも遂行できなかったのか!こういう魅力的なシーンがわずかとは言え存在するので、もどかしいのです。
この録音当時のプレトニョフは、音楽家としてと言うより人間として自分を見失っているのでは?と思えなくもないですが、年齢的にも早く自己を確立し、安定的に感動的な音楽を聴かせてくれることを願ってやみません。たとえアンバランスでであろうと不純であろうとも、「ありきたりではないもの」を目指していることだけは確かなのですから、それを着実に展開してほしいのです!【2026年4月・湧々堂】 |
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| 第1楽章のツボ |
| ツボ1 |
クラリネットは、響きは安定しているが無機質。全体のフレージングは休符が極端に長く、フレーズ結尾を引き延ばすなど不自然さが目立つ。そこに感情が伴っていないのが問題。 |
| ツボ2 |
ストレスフリーで、軽妙なリズムに乗せてサクサクと進行。クラリネットとファゴットのユニゾンは理想の好バランス。 |
| ツボ3 |
強弱変化などお構いなしに素通り。 |
| ツボ4 |
機械的。 |
| ツボ5 |
冒頭スフォルツァンドを無視。濃厚なアゴーギクを効かせるが、唐突感が否めない。 |
| ツボ6 |
思い入れたっ無理に表情を注入するが、どこか嘘くさいのは残響の多い録音のせい? |
| ツボ7 |
直前の休符が長過ぎる。ピチカートの第1音はフォルティッシモという指示から外れて、意志薄弱な弱音なのも意味不明。 |
| ツボ8 |
心のこもった歌が聴ける。フレージングにも不自然さはないが、所々で音価が長くなるのが気にならないでもない。 |
| ツボ9 |
16分音符は曖昧。イン・テンポ。 |
| 第2楽章のツボ |
| ツボ10 |
冒頭の弦の第1音は、ハーモニーのバランスが全く制御されておらず、素人丸出し!第3小節の真ん中で一呼吸を入れるのも意味不明。ホルンは非常に巧いが、これまた音価の引き伸ばしが鼻につく。 |
| ツボ11 |
フォルティシシモの頂点はティンパニに頼りすぎるが、この前後のフレージングは真の共感がこめられており、聴き手の心の響く。 |
| ツボ12 |
テンポを全く早めないのが珍しい。その遅いテンポの中で、クラリネットもファゴットも共感の限りを尽くして歌う。 |
| ツボ13 |
縦の線が美しく揃っている。 |
| ツボ14 |
フレージングの構えは大きいが。そこに呼吸が追いついていないので、渾身の響きにはならず、どこか空虚な響き。指揮の技量の拙さを露呈。 |
| ツボ15 |
全てがが自然。他の箇所もこのスタンスを取っていてくれたなら…。 |
| 第3楽章のツボ |
| ツボ16 |
イン・テンポ。今までの傾向からしたら意外。 |
| ツボ17 |
軽いパステル調の色彩がよく出ており、香り高い演奏。 |
| ツボ18 |
美しい一本のラインを形成。 |
| 第4楽章のツボ |
| ツボ19 |
威厳と品格を備えた見事な響き。 |
| ツボ20 |
ホルンは裏方だが、しっかりハーモニーの一躍を担っている。。 |
| ツボ21 |
テンポはカラヤンに近い標準的なもの。ティンパニはスコア通りでアクセントなし。前回の録音よりもスピード感を抑え土俗的なニュアンスを盛り込んでいるが晩年のスヴェトラーノフのような重量感には及ばないことは言うまでもない。 |
| ツボ22 |
完全に無視。 |
| ツボ23 |
よく聞こえる。 |
| ツボ24 |
主部冒頭と同様のやや遅いテンポ。しかもl重量感はこちらのほうが上。 |
| ツボ25 |
程よいアクセント。 |
| ツボ26 |
そのままイン・テンポ。 |
| ツボ27 |
快速テンポ。3連音はやや投げやり。 |
| ツボ28 |
楽譜の音価より長め。ティンパニの最後にアクセントなし。 |
| ツボ29 |
ロシアらしい濃厚なレガートが続く。全体を通じて唯一ロシアの血を感じさせるが、重厚感が伴わず不徹底。 |
| ツボ30 |
弦もトランペットもテヌート。 |
| ツボ31 |
改変なし。前回のムラヴィンスキー型からの一番の変更点。 |
| ツボ32 |
綺麗に鳴っているが荒々しさが皆無。 |
| ツボ33 |
最後の2小節だけテンポを落とす。 |