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| マーラー/MAHLER |
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交響曲第1番「巨人」 +ワーグナー:「トリスタンとイゾルデ」前奏曲と愛の死 | ||
| ウラディミール・フェドセーエフ(指)モスクワRSO | 2000〜2001年(マーラー)、1999年(ワーグナー) 共にデジタル・ライヴ録音 |
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| Relief CR-991068 |
“常識破り!独自の感性で捉えた新感覚のマーラー!” | ||
| 聴きなれないアーティキュレーション、アゴーギク、楽器バランスが縦横無尽!しかし、全ての表情が奇を衒ったものでなく、そうせずにいられない必然性を感じたら最後、今度はいつどの角度から未知の核心を抉ってくれるのか、ワクワクし通しで聴き入ってしまいます。もちろん、鳴るべきところは容赦なく鳴り渡りますが、決して野放図なならず、細部まで厳しい制御が効いているので、単にローカル色で押し通した爆演とは異なる確かな説得力を持って迫ります。第1楽章の前半は、木管が吹く“カッコウ”の明瞭さと弦のしなやかなカンタービレが絶妙なコントラストを見せ、シンバル一撃後も安定度抜群で、格調高い空間が広がります。第2楽章は完全にショスタコ調!冒頭から低弦が戦慄の凄みを効かせ、リズムは頑として粘着質。しかしティンパニの超強打を契機に、中間部ではとろけるような官能世界に一変!バレエの1シーンを見るような甘い歌い口はフェドセーエフの面目躍如ですが、それでも格調を失わないのは、真の芸術家(オケも含めて)だから為せる業でしょう。第3楽章の暗さも真に迫ったもので、第2主題が弦ですすり泣く直前(3:12)の一瞬のピチカートの意味深さは、突然呼吸が止まったような怖さ!その後のカンタービレがこれまた極美で、弦が絹のような肌触りで摺り寄るのです。終楽章は、冒頭をインテンポを貫徹する、その強靱な意志の力に完全ノックアウトです。各楽想の連動振りも見事で、熱烈な共感から発する呼吸の深さが例えようもない感動を誘います。そのコーダに達して遂にパワー全開となりますが、注目すべきは、ここでまた冒頭での強靱なインテンポ進行が顔を出し、完璧な起承転結を築いているのですから、手応えも尋常打破ありません!徹底した職人気質と芸術家魂を併せ持つフェドセーエフに、心底感服せずにはいられない一枚です。 | |||
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交響曲第1番「巨人」 +パーセル(バルビローリ編):木管・ホルンと弦楽のための組曲 | ||
| サー・ジョン・バルビローリ(指)ハレO | マーラー=1957年(Pye原盤) パーセル=1969年(EMI原盤) 全てステレオ録音 |
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| DUTTON CDSJB-1015 |
“「巨人」の終楽章に聴く、バルビローリの熾烈なヴォルテージ全開!” | ||
| 「巨人」は世界初のステレオ録音として有名ですが、ポルタメントを駆使したとろけるような歌い回し、裸一貫の壮絶な迫力など、バルビ節の真骨頂が味わえる点でも忘れられません。第1楽章はクラリネットの“カッコー動機”の結尾をリタルダンドし、さっそく独自の演出が出現。フレーズの抑揚の大きさは尋常ではなく、展開部以降は堅い撥のティンパニ効果もあって、各パートが流血戦さながらの熾烈な迫力で圧倒します。第2楽章は遅いテンポでカチッと3拍子をk刻み、しゃくりあげるポルタメントの鮮やかさもバルビローリならでは。中間部のヒューマンな温もりにも魅了されます。第3楽章では、コントラバスの主題をスコア通りに1小節ごとに確実に区切り、憔悴しきった表情がいっそう浮き彫りに。中間部に入ると鳥肌物が!全ての音にポルタメントが掛かっていると言って良い程で、その甘美な音色と陶酔的フレージングには溜息が出るばかりです。終楽章ともなると、バルビロールの芸術の集大成ともいうべきニュアンスの宝庫!冒頭から打楽器軍が耳を刺す強打(特に大太鼓)で、完全ノックアウト。頬を撫でるような第2主題を経て、最後の2分間はもう機能美など二の次の異常なヴォルテージ。灼熱の音の塊は、マイクに入りきる限界に達しています。手に汗握るとはこのことでしょう。最晩年録音の組曲では独特のロマン性は完熟の味と化し、Hのコールアングレの涙に濡れた哀歌、Iのホルンと弦の高貴なハーモニーはひしひしと胸に迫ります。 | |||
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交響曲第1番「巨人」 | ||
| ネーメ・ヤルヴィ(指)スコティッシュ・ナショナルO | 1993年 デジタル録音 | ||
| Candos CHAN-9308 |
“「なんでも屋」の汚名返上!画期的解釈が光る入魂録音!!” | ||
| かつてないテンポ設定、強弱変化が次々と現われますが、どれをとっても音楽的な脈略を感じさせるのが見事!第1楽章前半の、子供に歌って聴かせるような優しさと、後半の凄まじい盛り上がりの対比の絶妙なこと!第3楽章は、誰も思いもよらない小気味良いテンポにまずビックリ!そうしておきながら、中間の夢見るような美しさを露骨なまでにクローズアップすることになるのですから、たまりません!これぞ、ワルター、バーンスタインの路線を継承するマーラーだと、叫ばずにいられません。も絶妙です。 | |||
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交響曲第1番「巨人」 | ||
| サー・チャールズ・マッケラス(指)ロイヤル・リヴァプールPO | 1991年 デジタル録音 | ||
| EMI 5735102[cfp] |
“「スコアを尊重する」というのは、こういう演奏のことです!” | ||
| とにかく鳴りの良さは天下一品!隅々まで音の輪郭が明確で、それでいながら音楽が窮屈にならず、品格を湛えながらどこまでも伸びやかに歌い抜いた感動的なマーラーです。第1楽章展開部の透徹した弱音の緊張感、金管の清潔な輝き、天に抜けるようなホルンの壮絶トリル(15:00)など、鮮烈な表情が細切れにならずに、有機的な流れの中で連綿と鳴り続けます。第2楽章のパステル調の音彩もマッケラスならでは。リズムをまくまでも軽妙に弾ませながら自然に強拍が生かしているので、全く音楽が淀まないのです。中間部も、テンポを過剰に揺らしたりせず、憧れのニュアンスを醸し出すのは老練の味!第3楽章は、冒頭ティンパニとコントラバスの音程の良さにまずびっくり!ここにも過度なすすり泣きはなく、背景で鳴るドラのエキゾチックな音色の生かし方、中間部でテーマがヴァイオリンに移行する際(3:02)のデリケートな風合いなど、マーラーのスコアを徹底的に作曲家の意図したとおりに再現した結果生まれた、瑞々しいニュアンスの連続です。終楽章は何度聴いても鳥肌もの!ここまでマーラーに付き物のアクを取り除き、純粋な音の構築に徹して破格の説得力で迫る演奏は他に聴いたことがありません。単なる気分で施された表情など皆無!徹底的に音符の意味を掘り下げ、徹底的に機密に声部を絡ませながら、機械的にならずに全ての音に共感を込め抜くという離れ業は、マッケラス以外の誰にできましょうか!一貫してインテンポを基調とし、核となるパートを徹底的に鳴らし、アクセントが随所で生きているので、音楽が平板にならないのです。高潮点9:46のスピード感とティンパニの完璧な強連打、コーダの安定感も比類なし!ヴァイオリンの両翼配置も効果絶大です。 | |||
| 交響曲第1番「巨人」 | |||
| クリストフ・エッシェンバッハ(指)ヒューストンSO | 1997年 デジタル・ライヴ録音 | ||
| KOCH 374052 |
“ムジークフェライン大ホールに轟く、優美かつ壮麗な『巨人』!” | ||
| 欧州演奏旅行時のウィーンでの熱狂ライヴ。ライヴ特有の振幅の異様に大きなダイナミズムもさることながら、慈しむようなウィーン風の優美さと素朴さを盛り込んだ、かつてない味わいを残す「巨人」です。第2楽章、第2主題結尾の微妙な失速加減は絶妙の一言!終楽章の第2主題の息の長さと、その裏でじりじりと魂を燃焼する様は、あのミトロプーロスと双璧!激烈を極めるコーダに達するまでの巧みな設計は、ライブとは思えぬ完璧さです。管楽器群の巧さとセンスの高さは、モーツァルトの管楽器のための協奏曲集でも実証済み。この曲自体聴き飽きたという方にこそ、是非お聴きいただきたいものです。 | |||
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交響曲第1番「巨人」 、交響曲第4番 | ||
| ハンス・シュミット・イッセルシュテット(指)北ドイツRSO ルート・マルグレット・ピュッツ(S) |
1969年(第1番)ステレオ・ライヴ録音 1966年(第4番)モノラル・ライヴ録音 |
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| TAHRA TAH-9903(2CD) |
“イッセルシュテットのフレージングのセンスに改めて開眼!” | ||
| イッセルシュテットというと質実剛健というイメージですが、息の長いフレーズを入念に呼吸させ、実に律儀な拍節感から自然に情感を湧き上がらせるのも彼の芸風の魅力の一つ。ドヴォルザークの「弦セレ」などと同様、この「巨人」もニュアンスがふわっと香る瞬間が随所にあります。第2楽章は、テンポの遅さにまずびっくり!しかも、中低域重視のテクスチュアは確保しつつ、思いもよらぬ表情が表出されるのです。終楽章は大音量に達しても決して絶叫はせず、音色のブレンド具合が素晴らしく、それでいながら迫力で圧倒するツボもきちんと心得ているのですからたまりません。第4番も内容量で勝負。この曲の「軽さ」を物足りなさを感じている人も、この重量級の演奏には手に汗握ることでしょう。 | |||
| 交響曲第1番「巨人」 | |||
| コリン・デイヴィス(指)バイエルンRSO | |||
| Novalis 150.033-2 |
“穏健一辺倒ではない、C・デイヴィスの表現意欲に脱帽!” | ||
| バイエルン放送響の機能性をフル稼働させ、デイヴィスの音楽性も100%投入しつくした感動作です!デイヴィスは数曲しかマーラーをレパートリーにしていませんが、これを聴くと他の大曲も聴きたくなること必至。テンポ、強弱の変動のこだわりは尋常ではなく、その説得力も絶大!BMGに録音した「第4番」と共にもっと大いに注目されてしかるべき壮麗な名演奏です。 | |||
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交響曲第1番「巨人」、第2番「復活」 | ||
| ヘルベルト・ケーゲル(指)ライプチヒRSO、 エリザベート・プロイル(S)、アンネリーゼ・ブルマイスター(A)、ライプツッヒ放送合唱団 |
1978年、1975年 ステレオ・ライヴ録音 |
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| WEITBLICK SSS-0030(2CD) |
“ケーゲルの前ではバーンスタインも出る幕無し!” | ||
| これは、ケーゲルが遺した交響曲のライヴ録音の中でも、録音の良さも含めて絶品中の絶品!人間の持つ情念の全てを放射した恐るべきマーラーで、分析臭など入り込む余地などなく、2曲とも全楽章を通じてヴォルテージに緩みが全くないのも驚異です。「巨人」は、第2楽章冒頭の異様なテンポの溜めや、中間部での気紛れに移ろうテンポなど、一見大袈裟な表現が、きっちりと作品のフォルムに収まって説得力を発揮するのはまさに職人技!終楽章はいきなり血の大噴射!徹底的に深い呼吸で歌いまくる弦のカンタービレは官能の渦と化しています。段階的にテンポを加速するコーダの築き方は、もう全身鳥肌ものです!「復活」も、何がここまで彼を駆り立てるのか、ケーゲルの表現意欲は最初から最後まで衰えを知りません。表面的に後付けしたような表情はどこにもなく、異様な緊迫感に彩られた決死のニュアンスで圧倒し続けます。完全に全体が一丸となったときのオーケストラ演奏の凄みをまざまざと思い知らされます。 | |||
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交響曲第2番「復活」 | ||
| ファビオ・ルイージ(指)MDR響(ライプツィヒ放送響)、 クリスティアーネ・エルツェ(S)、藤村実穂子(Ms) |
2005年4月17日、ライヴ | ||
| QUERSTAND VKJK-0608 (2SACD) |
“ライヴとは思えぬ完成度!純音楽的解釈で感動を築いた画期的録音!” | ||
| 1997年のウィーン・トーンキュンストラー管との録音に続く、ルイージ2度目の「復活」。このシリーズのルイージのマーラーは、どれもエキセントリックな表現や局部的なデフィオルメなどは施さず、純音楽的アプローチにに徹しながらもありきたりの演奏に陥らず、尋常ならざる共感が隅々にまで行き届いた素晴らしい演奏ばかりですが、この「復活」はその際たるもの。ジョルダン盤とともに、この長大な曲に接する際はそれなりに身構えるものですが、聴き進むうちにそんなことは忘れ、ルイージの妥協を許さぬ入魂ぶりに引き込まれます。第1楽章冒頭の低弦の唸りは、その発言力が延々と持続するところにまずご注目を。続く弦のフレーズは見事に均整がとれて実に美しく流れます。演奏時間はたっぷり24分をかけていますが、その荘厳なテンポの弛緩のなさも、ルイージの統率力の高さを実証するもの。6:12からの聞こえるぎりぎりの最弱音は、柔らかなテクスチュアと共に至純の極み!逆に大音響の場面は決して煩く感じさせず、格調の高さを維持。テンポの切り替えの設定にも演出めいたところが一切無く、歌の妙味を心の底から感じながら発していることがひしひしと伝わります。18:40からの憧れと気品に満ちたポルタメントも必聴!第2楽章は、甘美な愛に包まれた感動作!独特のテンポ・ルバートのセンスの魅力が満載です。レントラーならでは素朴さに洗練味を融合した絶妙なニュアンスは、他では得がたいものです。3:09からのチェロの対旋律が惜しげもなくヴィブラートを利かせ、思いのたけを連綿と伝えるシーンは何度聴いても涙を誘います。第3楽章は、そんな第2楽章と強烈なコントラストを形成するように、激しい切込みで開始。しかし暴力的な威圧ではなく、全体のフォルムが気高く構築されているのです。第4楽章は、清らな美声で迫るひた藤村実穂子が感動的な歌唱を繰り広げます。そして圧巻の終楽章!ここへ来て、音のエネルギーの放射力が、第1楽章とは明らかに異なって、芯から熟成し、熱していることに気づかされますが、それがライブならではの高揚感というよりも、全体を締めくくるに当たっての巧みな構築の結果として確かな重みを持って迫る点がポイント。したがって安易な祝典ムードに陥ることなどなく、感動的な祈りの響きが着実に根を下ろしながら聴く側に迫るのです。演奏終了後、拍手が湧き起こるまでしばらく間がありますが、いかにこの演奏が聴衆の胸に深く迫ったものであるかを如実に物語っていると言えましょう。普段この作品を敬遠されている方も含め、あらゆる音楽ファンに接して欲しいと願わずにはいられません。 | |||
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交響曲第2番「復活」 | ||
| アルミン・ジョルダン(指)スイス・ロマンドO、S.カイザー(S)、C.カリッシュ(Ms) | 1996年 デジタル・ライヴ録音 | ||
| MEDIAPHON MED-72169 |
“これを聴いてもまだジョルダンを無視し続けますか?” | ||
| アンセルメ時代からは信じられないほどの緻密なアンサンブルを獲得できたのはまさにジョルダンの功績であると、この感動的なマーラーを聴くたびに思い知らされます。大げさと揶揄されがちなこの曲にこれほど優美なテクスチュアを施し、音量で煽るポイントと歌うべきツボをバランス良く浮き彫りにした演奏は他に例を見ません。例えば第1楽章、第2部最後に突如湧き上がる主題や、第3部の最高潮点は異様な重量感で襲い掛かりますが、フォームはあくまでも美しさを保持。第2楽章は、マーラー自身が語ったような“汚れなき陽の光”に相応しい柔らかな詩情が横溢。第4楽章のMsソロに続くトランペットは、溜息が出る程の巧さ!カリッシュの至純な信仰心を滲ませた名唱も忘れられません。しかし最大の聴き所は終楽章!ジョルダンの知られざる洞察力と色彩感、ダイナミズムが凝縮。全曲を通じて最も大音量で満たされる第2部で、精力的なパワーが完璧なバランスを保持したまま放射される様は、正に圧巻!物々しくなりすぎずに絶大な手ごたえを感じさせるコーダの築き方も、合唱の見事の質感と相俟って感動的です。 | |||
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マーラー:交響曲第2番「復活」◆、ラヴェル:マ・メール・ロア、エルガー:エニグマ変奏曲、 ワーグナー:「ニュルンベルクのマイスタージンガー」第1幕前奏曲■、プッチーニ:歌劇「蝶々夫人」第1幕〜3曲▲ |
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| サー・ジョン・バルビローリ(指)シュトゥットガルトRSO◆、LSO■、 ローマ歌劇場O▲、ハレO、H.ドナート(S)◆、B.フィニラ(Ms)◆、 R.スコット(S)、C.ブルゴンツィ(T)▲ |
'70ステレオ・ライヴ(マーラー)、'57モノラル(ラヴェル)、 '56ステレオ(エルガー)、'69ステレオ(ワーグナー)、 '66ステレオ(プッチーニ) |
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| EMI CZS-5751002 (2CD) |
“愛の力を信じる人に贈りたい究極の人間ドラマ!” | ||
| マーラーは、バルビローリの死の直前のライヴで、これがマーラーの交響曲の最後の公開演奏となってしまったのでした。この演奏には近代的な竹をスパッと割ったようなガツンとくる痛快さとは無縁で、人間の心の深部に焦点を当て続け、大きな愛で聴き手を包み込むバルビローリの音楽性が美しく開花し、ただただ無垢な音楽性だけが息づいています。入念なリハーサルは行えなかったのか、アインザッツがずれるところもありますが、それで音楽の興を削ぐことなく、独特の愛の泉が一貫して湧き上がり続けます。第1楽章のコーダの前(15:57以降)のとろけるようなフレージングは、バルビローリでななければ品格を落としかねない究極の技!第2楽章の3:13以降、テーマをチェロとヴァイオリンがこれほど愛の表情を湛えて美しく対話しているのを聴いたことがなく、何度聴いても自然と涙が零れてしまいます。終楽章は、オケの機能美も含めて全ての表情が完熟の極み!合唱が静かに歌いだすところから弦がしなやかに滑り出す箇所までのこの世のものとは思えぬ美しさに触れて何も感じない人は、音楽にも愛にも無縁の人だど敢えて言わざるを得ません!ドナートの美声の溶け合い方がまた絶妙!この愛の光で世界を包み込むようなマーラーの後に置かれているのが、「蝶々夫人」の“愛の二重唱”。またしても選曲の妙が泣かせてくれます!スコット、ベルゴンツィの全盛期の歌唱とともに、ピンカートンが蝶々さんに“その手にキスさせておくれ”とせがむ場面で、オケの中のシロフォンが色彩とリズムを放射させるほんの一瞬もどうぞお聴き逃しなく!ワーグナーは、「英雄の生涯」の録音セッションの合間に収録されたもので、バルビローリの追悼LPで発売されて依頼の登場!録音日が一日しか費やされていないので、おそらくほとんど一発録りだと思われます。11分を要する超スローテンポで悠々と迫る威容は、Pye録音の凝縮力が優った演奏とは趣を異にし、大河を思わせる深いフレージングが並々ならぬ共感と共に溢れかえり、コーダの包容力は、演奏がその人の人格を映し出すという事実をを改めて痛感させられ、感動もひとしおです。これをワーグナーらしくないという理由だけで退けられましょうか! | |||
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交響曲第2番「復活」 | ||
| オットー・クレンペラー(指)バイエルン放送SO、H.ハーパー(S)、J.ベイカー(Ms) | 1965年 ステレオ・ライヴ録音 | ||
| EMI 5668672[EM] |
“ぎりぎり1CDに収まった圧倒的重量感と濃厚なロマン!” | ||
| フィールハーモニア管との競演盤がクレペラーにしては意外と淡白な流れに終始した通好みタイプの演奏だったのに対し、こちらはライヴ特有の高揚感、重心の低いオケのサウンドが功を奏してそれより数倍感動的に胸に迫ります。第1楽章のコーダの凝縮力を極めたフォルティッシモ、第2楽章の普段気付かないクレンペラーの音の色彩への緻密な配慮が実に印象的。第3楽章は冒頭ティンパニの異様な強打から最後の強靭なリズムと拍節間の重みで圧倒します。しかし、なんと言っても終楽章が圧巻!コーダーに向かってじりじりとボルテージを上げついに灼熱の頂点に達します。最後のティンパニも比類なき一撃!それにしてもバイエルン放送響というオケ。客演した巨匠たちが持っている構築力を更に深化させて凝縮力の高い音響を披露してくれるのには毎度感心させられます。オーマンディ然り、ベーム然り。このマーラーもその典型的名演と言えるでしょう。 | |||
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マーラー:交響曲第3番、ツェムリンスキー:抒情交響曲* | ||
| アルミン・ジョルダン(指)スイス・ロマンドO、ローザンヌ女声合唱団、他 ヤドヴィガ・ラッペ(A)、エディット・ヴィーンス(S)、アンドレアス・シュミット(Br)* |
1994年、1995年* デジタル・ライヴ録音 |
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| VIRGIN 5625152[VI] (2CD) |
“マーラーがこの曲に込めた自然への愛を美しく昇華させた感動ライヴ!” | ||
| 「復活」と共にこの「3番」も必聴!同曲のデジタル録音の頂点に君臨すべき高潔の名演奏です。冒頭のホルンの強奏からしてなんと美しいこと!硬質で強靭なティンパニの打ち込みはライヴの意気込みも手伝って凄い迫力!平和な第3主題が登場するまでの間、あくまでも美しい音像を崩さずに、混沌の中でもがく様子がリアルに表出されるのは、他の演奏では決して体現できません。クラリネットの第4主題(11:08)まで差し掛かると、マーラー特有のアクを前面に押し出すことを避けることによって次々と現れる新鮮なニュアンスにワクワクすることしきり。もう途中でき切り上げるわけには行かなくなり、「スコアを信じる」と言うことの本当の意味を痛感させられます。大上段に構えずストレートな直進を見せながら灼熱の高揚を築くコーダは圧巻!第2、第3楽章はスイス・ロマンド管の奏者の質の高さ自体にうっとり。透明感の高いアンサンブルがここでも美しいのですが、その感覚的な磨き上げの陰で、そこはかとない憂いを垣間見せるセンスも是非お聴き逃しなく。第4楽章のラッペの名唱も聴きもの。シュトゥッツマンのような「強さ」を感じじさせない理想の脱力感が真に迫り、、ジョルダンの清潔な音楽作りと見事なコントラストを成しています。マーラーの「第3番」と言えば、ホーレンシュタインの巨大造型美を誇る名演奏を無視するわけにはいきませんが、その衝撃の次元の差をはっきり確認できるのが最終楽章。コーダでの圧倒的な勝利の確信に向かって荘重に進行するホーレンシュタインに対して、ジョルダンはひたすら音楽への感謝の念を込めながら切々と歌い上げます。短調に転じる8:57からの感傷の極みのフレーズも決して泣きを煽ることなく、フレージングの自然な揺らめきを確保。最後の5分間はただひたすら眼を閉じて、ジョルダンと共に音楽に埋没したくなる気持ちを抑えられません。最後の大団円も全く自然体ながら、ティンパニの強打が全体と見事にブレンドしながら強固に轟く様も、更に感動に拍車をかけます。一方のツェムリンスキーも、あらゆる点で理想を行く録音。ツェムリンスキーらしい色彩の感覚的な面がが誇張されて描かれる(録音される)ことも少なくない曲ですが、まさに作曲者が範としたマーラーの「大地の歌」との連鎖を感じさせる、かすかに灰色の混じった色彩の交錯が見事に再現されています。全てのニュアンスは、マーラー以上にアグレッシブで、第1曲の後半は、入魂のシュミットの歌唱を向こうに回すほどの壮絶なうねり!第6曲で瑞々しい美声から溢れ出すヴィーンズの濃厚なニュアンスと、それに追い討ちをかけるジョルダンの決死の激情放射にも唖然。後期ロマン派の名残りとしてではなく、完熟のそれとして再現しつくした画期演奏です。2曲とも録音状態も極上で、ヴィクトリア・ホールの豊かな響きまで完璧に捉えられています。 | |||
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交響曲第3番 | ||
| サー・ジョン・バルビローリ(指)ハレO、cho、ケルスティン・メイヤー(Ms)、他 | 1969年 ステレオ・ライヴ録音 | ||
| BBC LEGENDS BBCL-4004(2CD) |
“「生」の喜び大全開!晩年のバルビローリが築く壮大な宇宙!” | ||
| バルビローリの死が1ヵ月後に迫っているとは思えぬ活力漲るマラ3。どなたもこの人間味満点のニュアンスには頬擦りしたくなることでしょう。ここでは「6番」で見せたような滅亡感は皆無。子供のように純真な唄心に満ち溢れていますが、それががかえって涙を誘います。第1楽章のトラック4の行進曲の懐かしさ一杯のテンポ設定、第2楽章のワルターを思わせるロマンの香気、第5楽章の子供の「ビン!バン!」合唱の全身での無邪気な弾力など、聴きどころは尽きませんが、白眉は何といっても終楽章!一見さらりと流しているようでいて、フレージングは実に入念。魂を完全浄化した至福のニュアンスが溢れる様に心動かされない人がいるでしょうか!コーダ最後の和音で間を取るのも、バルビローリならでは! | |||
| 交響曲第4番 | |||
| フランツ・ウェルザー・メスト(指)LPO、フェリシティ・ロット(S) | 録音:1988年 | ||
| EMI(cfp) 5734372 |
“全てが完璧!ウェルザー=メスト一世一代の名演奏!” | ||
| LPOのマーラー「4番」といえば、ホーレンシュタインの恐ろしく彫りの深い演奏が忘れられませんが、そのスケール感に加えて甘美なロマンと内声の豊かな表出を見事に実現した演奏で、録音の良さとも相まって、過去の歴史的名演奏と堂々と肩を並べるべき逸品です。音の重心は常に低く保たれながら音楽が決して重くなることな、しなやかに大きな弧を描きつつ、どこまでも有機的に情感が湧きあがるののです。第3楽章など、当時まだ若手といわれた指揮者の技とは思えぬ懐の深さで、フレージングが全く停滞せずにテクスチュアの美しさを最後までキープ。最後のトゥッティも力みを見せ、巨匠級の威容を見せ付けます。更に驚異的なのが終楽章!ソプラノの伴奏に徹する演奏も少なくない中で、ソプラノの陰になり日向になり精妙な表現力を絶やさないこんな素敵な演奏がかつてあったでしょうか?しかもソロが絶頂期のF・ロット!シュワルツコップの鉄壁ながら粘着質なアクを持つ声を敬遠される方は、特に必聴です。声質の美しさ、ヴィブラートの使い分け、音程の正確さ、息継ぎ箇所の適切な選択、語りの巧さ等々、シュワルツコップを超えるとさえ言いいたい素晴しさ。特に弱音が延々と続く後半6:42以降は、ウェルザー・メストの温かな包容力と共に涙なしには聴けません! | |||
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交響曲第4番、さすらう若人の歌、子供の不思議な角笛(抜粋)※ | ||
| ベンジャミン・ブリテン(指)LSO、ジョーン・カーライル(S)、レイノルズ(Ms)、アメリンク(S)※ | 1961年、1972年、1969年 ステレオ・ライヴ録音 |
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| BBC BBCB-8004 |
“シューリヒトを思わせる繊細さ!ブリテンが描く至純のマーラー!” | ||
| ヘンリー・ウッド指揮のマーラーを聴いて以来マーラーの音楽の虜になったというブリテン。彼のマーラーは精妙に歌いつつもバーンスタインのように感情を剥き出しにすることなく、しっとりと人間愛を湛えていて感動的!テンポの急緩も自然な呼吸と一体化し、あのモーツァルトの名演のようにふわっとニュアンスを香らせる天性のセンスが発揮され、聴後の余韻も格別です。各独唱陣もそんなブリテンの音楽性と完全融合。特に、「角笛」を歌うアメリンクには注目です! | |||
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交響曲第4番 | ||
| サー・コリン・デイヴィス(指)バイエルンRSO、アンジェラ・マリア・ブラシ(S) | 1993年 デジタル録音 | ||
| BMG 09026-62521 |
“堅実派デイヴィスが一世一代の表現欲を開花させた感動作!” | ||
| この曲を聴き栄えのしない軽い作品だと思っている方は特に必聴です!レパートリーを限定し、作品へ誠実に奉仕することを信条とするデイヴィスですが、ここでは単なる堅実さに止まらず、この作品のメルヘンチックな雰囲気から一歩も二歩も踏み込んで、内面に潜む人間的なニュアンスを惜しげもなく抉り出す意気込みの凄さに打たれます。第1楽章の滑り出しは実に小気味良いので、ここまま軽いテクスチュアで通しながら過不足のない進行を続けるのかと思いきや、主部の入り口のリタルダンドの呼吸のしなやかさに息を飲み、この瞬間から確実に聴き手を別世界に誘います。アクセント、強弱も明確にコントラストを付け、その熱い呼吸を伴った意味深いフレージングは吸引力抜群!0:44から再びテーマを繰り返しますが、こんな鮮やかなテンポの切り返しは他に聴いたことがありません!第2主題に入るとまた別の世界を現出!美しい歌に満ちているのはもちろんのこと、ドラマチックな音楽として蘇らせようとする強靭な精神さえ感じさせるのです。ヴァイオリン・ソロが登場して以降は更に彫琢の度を深め、8:11からの内声のあぶり出し方は何としてもお聴き逃しなく!ヴァイオリン・パートの強弱のレスポンスと発作的なホルンの強奏などを交えながら、オケの高性能ぶりも手伝って戦慄を禁じ得ません!気の遠くなるようなピアニッシモを経ててコーダの締めくくりは、一切もったいぶったところがなク、意外なほど爽やかな終わり方ですが、それによって逆に、今までいかに濃厚なドラマの奔流の中に居たカということを思い知らされるのです。そんな後味を残す演奏が他にあるでしょうか?第2楽章の意味深さも尋常ではありません。冒頭は通常よりも弱音気味で通すことによって、内面の屈折した精神がじわじわと染み出し、木管ソロなどで即興的なアゴーギクをふんだんに駆使。細部まで徹底的に凝視したこの生々しい表現を実現するのに、一体どのようなリハーサルを行なったのでしょうか?しかもそれらの全てには、意図的に計算したような嫌らしさが一切ないのです。この演奏で、いわゆる「天国的な癒し」を感じさせる唯一の楽章が第3楽章。しかし、ただ美しいだけでないのは今までと同じ。ブルックナーのような深々とした敬虔な祈りが潜む弱音!オーボエ・ソロが現れてからのニュアンスの意味深さといったら、にわかに信じ難いほどです。そして最後の風格に満ちた高揚!終楽章がまた凄い説得力で、歌手の伴奏に徹しているだけの演奏がいかに多いことか気づかされること必至です。とにかく他の楽章同様、テンポへのこだわりはここでも尋常はなく、そのテンポにぴったりと寄り添って確かなニュアンスを醸し出すブラシの歌唱も見事。オケの巧さについては言うまでもありませんが、このバイエルンのオケの巧さでなければ絶対に困る!と思わせる程の本物の巧さはやはり特筆ものです。そして録音のバランスの良さも。これほど画期的な名演奏でありながら、これまた日本ではサッパリ話題になりませんでした。この程度の演奏なら他にもある、と言うのなら是非教えてください! | |||
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交響曲第4番 +ベルリオーズ:序曲「海賊」 | ||
| サー・ジョン・バルビローリ(指)BBC響、H・ハーパー(S) | 1967年1月3日 スメタナ・ホール ステレオ・ライヴ | ||
| BBC LEGENDS BBCL-4014 |
“バルビローリのライブ録音の中でも出色の感動作!” | ||
| この曲は、バルビローリの音楽的資質と完全にマッチしているせいか、全ての表現がダイレクトに胸に迫ります。第1楽章から唸り声と共に遅いテンポで主情たっぷりに歌い上げますが、開放的なバーンスタインとは対照的に徹底した内面熟成型。ただ、コーダだけは現実に立ち返ったように決然とした意志の力でリズムを刻むのが印象的です。第3楽章は、弦のポルタメント、固いバチによる大仰な強打等、一見時代掛かった表現で埋め尽くされていますが、全くいやらしさを感じさせないのは、それが心の底から発せられている証拠でであり、バルビローリのセンスの賜物でもあります。終楽章冒頭の符点リズムの大きな揺れ、第3動機が現れるたびにテンポをガクッと落して切々と歌い上げるのも、ハーパーの美声と相俟って更に感動を掻き立てます。なお、以前発売されていたDISQUES REFRAIN盤と演奏は同一と思われます。 | |||
| 交響曲第4番 | |||
| モーリス・アブラヴァネル(指)ユタ響、ネタニア・ダウラツ(S) | ステレオ録音 | ||
| VANGUARD 08616471[VA] |
“ダウラツの可憐な美声が光る、天上のマーラー!” | ||
| 世界初のマーラー交響曲全集の中の忘れえぬ1枚。ややドライな感触を基調とするアブラヴァネルのマーラーの中でも、これは温かな情感と一体となったテンポの変化が絶妙な味を残し、オケの反応もしなやかで、自然に至福の雰囲気を醸し出しているのが特徴。特に、弦の艶やかさとまろやかさを併せ持つ響きは信じ難いほどで、第2楽章のポルタメントも少しも下品になることなく、とろけるような甘さを引き出してくれます。終楽章は、カントルーブの名唱で知られるダウラツの、歌い込みすぎることのないチャーミングな表情が心に染みます。 | |||
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交響曲第5番 | ||
| ダニエレ・ガッティ(指)RPO | 1997年 デジタル録音 | ||
| BMG 75605-51318 |
“『マラ5』の歴史を塗り替えた史上空前のダイナミズム!!” | ||
| 最初のトランペットのソロ(イアン・バルメイン)から、いきなりノックアウト!これほどまでに間(ま)をたっぷりとって、入念かつ精妙、決然とした意思を伴って鳴り響いた例はないでしょう。続く弦の主題は凛とした表情を変えないまま、呼吸は徹底して深くとるという驚異の技で、この時点で誰もが言葉を失うことは必至!第2楽章は、クライバーもびっくりの推進力と強烈なニュアンスの応酬で、トロンボーン・パート(8:46)は、その機能の限界ぎりぎりの速さで圧倒!アダージェットは、自らは決して溺れず、聴き手を完全に陶酔の世界へ引き込む巨匠芸!録音も鮮烈で、これらの魅力を余すところなく伝えています。 | |||
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交響曲第5番(D.ブリグスによるオルガン編曲版) | ||
| デイヴィッド・ブリッグス(Org) | 1998年 デジタル録音 | ||
| Priory PRCD649 |
“荘厳!神の声と化した戦慄の『マラ5』!” | ||
| これは単なる“ゲテモノ趣味”と笑って済まされません!冒頭を数秒聴いただけで、ブリッグスがいかに全身全霊を傾けてこの前人未到の偉業に着手したかが実感できます。彼は14歳で初めこの曲に触れて以来、その魅力の虜になったそうですが、編曲の完成度、壮麗さは、単なる愛情以上の技の勝利で、マーラー独自の多声部の絡み合いが恐ろしくリアルに描き出され、聴き手に相当の緊張を強いる程の圧倒的な音像を打ち立てているのです。「アダージェット」の現実離れした美しい空間表出は、まさにオルガンだからこそ可能なもので、作品本来の核心に最も接近したものに感じられる瞬間、思わず合掌したくなります。 | |||
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交響曲第5番 | ||
| カレル・アンチェル(指)トロントSO | 1969年11月4日 モノラル・ライヴ録音 | ||
| TAHRA TAH-242 |
“祖国を捨て、新天地で轟かせた壮絶なマーラー!” | ||
| アンチェルのトロント響音楽監督就任直後の貴重なライヴ。ナチスによって彼の家族が惨殺された無念をも込めたような、尋常ならざる音楽の噴出ぶりに、感動を抑えることが出来ません。しかし、音そのものには一切不純物はなく、ただ音楽の核心のみが塊となって迫るのです。第2楽章冒頭の、大地が陥没しそうな異常なうねりと破壊力、終楽章のヴォルテージの高さも壮絶ですが、第4楽章の綺麗ごとでは済まされない心のレクイエムは、涙なくして聴き通すことなどできません!CBC放送音源のため音質も良好で、新天地でのアンチェルの意気込みを知るのに十分なものです。 | |||
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交響曲第5番 | ||
| サー・チャールズ・マッケラス(指)ロイヤル・リヴァプールPO | 1990年 デジタル録音 | ||
| EMI 7637812 |
“不純物ゼロ!スコアの隅々まで鳴らし切ってマーラーのイメージを刷新!” | ||
| スコアに書かれた音符の全てを本来あるべき形で再現させる手腕に掛けてはマッケラスの右に出る指揮者はいないと思いますが、ここでも、今まで気付かなかった裏の旋律、リズムの意味が次々と解明されています。それが単なる分析に終わらず、音楽のエキスだけを集約した演奏の説得力の高さをまざまざと思い知らせれるのです。いきなり第1楽章冒頭、主題の1拍ごとの音の重みと、強靭に打ち込まれるリズムの威力に驚愕!強拍には徹底的にアクセントを施し、歌うべき箇所では絶妙なアゴーギクと共にセンス満点のポルタメントを随所に付加、細かいトリルの最後の一音まで鳴らし切るなど、マッケラス一流のこだわりが見事に凝縮されています。コーダを締める最後の弦の一撃の凄まじさは鳥肌もの!第4楽章はもちろん高純度を誇り、どこまでも透見通しの利いたテクスチュアをベースに、深い呼吸で一途に歌い込む様が感動的です。これ以上に機能美と内面的な掘り下げの両面を兼ね備えた演奏が他にあれば、是非お教えください! | |||
| 交響曲第5番 | |||
| ゲンナジー・ロジェストヴェンスキー(指)モスクワRSO | 1973年 ステレオ録音 | ||
| RUSSUAN REVELATION | “ロシア臭全開!このコンビだから許される掟破り!!” | ||
| 誰もが予想するとおり、容赦ない豪快な鳴りっぷりの常識の全く通用しないマーラー!冒頭のトランペットから早速ギラギラしたヴィブラートが強烈ですが、第2楽章の第2主題、チェロが切なさ一杯の歌を聴かせていることもお忘れなく。各声部のバランス感覚と安定感は、ロジェヴェンならでは。耳慣れない表現でも、そういうものだと納得させられる力を孕んだ凄演です。 | |||
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マーラー:交響曲第6番「悲劇的」▲、R・シュトラウス:7つのヴェールの踊り、ドビュッシー:海、 ベルリオーズ:「ロメオとジュリエット」〜5曲 |
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| ディミトリ・ミトロプーロス(指)ケルンRSO▲、NYO | 1959年(マーラー)、1956年(シュトラウス)、1950年(ドビュッシー)、 1952年(ベルリオーズ) 全てモノラル録音 |
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| EMI CZS-5754712(2CD) |
“ミトロプーロスの“狂気”を集約した恐るべき2枚組み!” | ||
| まず、間違ってもマーラーの前に「7つのヴェールの踊り」を聴かないようご注意下さい!それほど異常なテンションで貫かれ、R.シュトラウスの管弦楽法の枠さえも破裂させる勢いで露骨な激情を放射し尽くしているのです。冒頭の打楽器の狂乱で聴き手を打ちのめした後、オーボエの絞り出すような悶絶が鋭利なアクセントを伴って迫り、テンポの揺れも巧妙なアゴーギクどころではなく、生身の人間の鼓動そのもの!弦のユニゾンに突入すると、ドロドロの官能一色で、とてもスピーカーの前で平静では居られなくなります。後半の急速テンポの狂乱も命がけで、まるでミトロプーロス自身の日頃押し潰している欲望の全て一気に吐き出したかのような異常な激高には、もう手も足もでません。こんな演奏をしていたら、長寿を全うできる道理がありません。一方のマーラーは、それこそミトロプーロスの常識破りのダイナミズムと透徹しきった歌、強烈な緊張の持続で聴き手を呪縛し続ける超名演で、録音がモノラルであることが逆によかったと思えるほど、強烈なインパクトの連続です!第1楽章冒頭の低弦の切込みから血生臭く、テンポ自体はごく標準的ながら、どこまで行っても音の全てが灼熱にいきり立っています。全くもったいぶらず、直線的に飛び込んでくる第2主題もフレーズの内面のうねりが尋常ではなく、ミトロプーロスならではの神々しい音像を打ち立てています。展開部でVnソロとホルン・ソロが絡み合う場面の艶かしさも、口で説明しただけでオケに伝わる技ではありません。第2楽章のリズムの切れも皮相な表現の入り込む余地なし!トリオに入っても素朴な安らぎなどなく、全ての音が切迫しおり、聴き手を優しく包むのは第3楽章に入ってから。もちろんその美しさは感覚的なものに止まらず、諦観のニュアンスに満ち、5:23からの迫真の呼吸には言葉を失います。終楽章も相当の覚悟をしなければ聴き通せないほどの極度の緊張が横溢。特に最初のハンマーが叩き下ろされて以降のヴォルテージはまさに超人技!また、この演奏では3回目のハンマー打撃を実行(しかも前2回よりも強烈!)していますが、この世の終わりのような壮絶な内容を誇るこの演奏にして初めてその意味を持つことを痛感させられます。ケルン放送響の破綻のないアンサンブルも驚異的! | |||
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交響曲第6番「悲劇的」 | ||
| ネーメ・ヤルヴィ(指)スコティシュ・ナショナルO | 1993年 デジタル録音 | ||
| Chandos CHAN-9207 |
“問答無用!豪快に爆進を続ける灼熱のマーラー!” | ||
| 第1楽章の冒頭から切迫した激情むきだしの速いテンポで圧倒!そのまま有無を言わせず突進し続けますが、ショルティのような強引さは不思議と感じられず、人間的な温もりをふとした瞬間に垣間見せるあたりが実に味!終楽章も相当の迫力ですが、ただの絶叫で終わらず、悟りにも似た充足感に溢れ、結末の手応えも破格です! | |||
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交響曲第6番「悲劇的」 | ||
| ハンス・ツェンダー(指)ザールブリュッケンRSO | 1973年 ステレオ録音 | ||
| CPO | “この上ないスコアの読みの深さで迫る、ツェンダーの至芸!” | ||
| 決して感情の溺れず、埋没しがちな重要なパッセージを白日の下にさらしながら、見事な緊張感と推進力で迫る名演。とにかく、スコアの掘り下げと、その意味の持たせ方において圧倒的な存在感を誇っています。テンポは、イン・テンポとルーバートを明確に使い分け、そのコントラストは絶妙の極。第1楽章、アルマの主題の直前、弦の痛いくらいのピチカートは、続くそのテーマの輝かしさと見事な好対照をなしています。15:26の弦の刻みはあまりにも生々しくショッキング!第3楽章も、軟弱さとは無縁の彼岸のニュアンスを完全表出。小手先のマーラーに飽きている方は、特に聴き逃せません! | |||
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交響曲第7番 | ||
| ヤッシャ・ホーレンシュタイン(指)ニュー・フィルハーモニアO | 1969年8月29日 ステレオ・ライヴ録音 | ||
| BBC LEGENDS BBCL-4051 |
“高潔な精神と宇宙規模の造型が、クレンペラーの影さえ掻き消す!” | ||
| クレンペラー存命中のこのオケから、その音色とは全く違う、縦に真っ直ぐ伸びる巨大な造型を構築させ、この曲の懐の深さを痛感させる凄演に仕上げています。ユニコーン録音の「巨人」や「第3番」でその凄さを知っている方も、尋常でない音の重量感、粘着力の強いリズムの打ち込みと相俟った迫力、壮絶なドラマ展開力には圧倒されること必至!第1楽章のコーダの執拗な楽想の繰り返しの全てが、見事なメリハリを伴って雄叫びを上げ続ける様には、会場の全員が完全降伏している様子が目に浮かびます。アゴーギクは最少ながら、不思議な屈折感で埋め尽くされている第2、第3楽章も独特の濃密な味。束の間の安らぎの第2楽章中間部でさえ根底で情念が燻り続け、コレレーニョはもちろん、カウベルの響きまでも不気味。第4楽章の美しいセレナードもどこか「痛い」ニュアンスが漂い、極美のマンドリンが、その心の傷を広げるかのように囁くのです。終楽章はまさに重戦車!ここでも楽天的で唐突な楽想が軽妙に弾むことはありません。ティンパニの発言力を最大に引き出すホーレンシュタインの特質も大全開。終演後は堰を切ったような大拍手が巻き起こります。 ※DESCANT盤と同一音源。 |
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交響曲第8番「一千人の交響曲」 | ||
| ヤッシャ・ホーレンシュタイン(指)BBC響 | 1959年 ステレオ・ライヴ録音 | ||
| BBC LEGENDS BBCL-4001(2CD) |
“感動の即席ライヴ!BBCの総力を結集した“一千人”!!” | ||
| ホーレンシュタイン独自の仄暗い音色感覚と、剛直な構築力は、まさにマーラーを指揮するために備わった資質と言っても過言ではないと思いますが、メジャー・レーベルへの録音が極端に少ない演奏家の常ながら、日本ではその評価が未だに定まっていないのはなんとも残念なことです。この演奏も、彼の稀有な音楽性を如実に証明していますが、なんとこの録音は、BBCの予算を消化するために急遽組まれたもの。膨大な人数をかき集め、まだ放送では実験段階だったステレオシステムで録音する事で、当初の目的は達成されましたが、驚きは、そんな状況下の録音にもかかわらず、演奏自体の燃焼度、完成度が尋常でないこと!いくらマーラーの権威者ホーレンシュタインとはいえ、合唱、ソリストの隅々にまで、独特の骨太の構築と、暗いトーンの音色表出を徹底させてしまうのには、驚きを禁じ得ません! | |||
| 交響曲第9番、ブラームス:交響曲第2番* | |||
| サー・ジョン・バルビローリ(指)トリノRAI響、バイエルンRSO* | 1960年 ステレオ・ライヴ録音、 1970年 モノラル・ライヴ* |
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| LIVING STAGE LS-1084 (2CD) |
“表現意欲横溢!BPO盤を上回る共感の熱さ!!” | ||
| マーラーはARKADIA(CDMP403)ででていたものと同一。バルビローリには後年のBPOとの録音があまりにも有名ですが、オケの機能性がトップクラスと言えないにも拘らず、このトリノ盤を愛するファンが多いという事実は、これを聴けば聴くほど頷けます。第1楽章の冒頭から思い入れたっぷりで、持ち前の表現意欲を惜しげもなく発揮。第2楽章はパロディ精神が絶妙に盛り込まれ、中間部以降のオケのノリは痛快そのものです。白眉は終楽章!アンサンブル、集中力がこのオケの極限と思える次元にまで昇華。響きの密度、熱さ、共にBPOを上回るほどで、感動もひとしおです。ブラームスはOrfeo盤と同一ですが、モノラル。 | |||
![]() ANDROMEDA ANDRCD-9033(3CD) ¥2415★ |
交響曲第9番、交響曲第7番*、大地の歌# |
| ハンス・ロスバウト(指)南西ドイツRSO、ケルンRSO#、グレース・ホフマン(Ms)、エルンスト・ヘフリガー(T) | |
| 録音:1954年1月7日、1957年2月18-20日*、1955年4月18日# | |
| “ワルター盤と共に語り継がれるべき奇跡!” | |
| 「現代音楽のスペシャリスト」と簡単に括られることの多いロスバウトですが、この「第9番」は、そんな一言では片付けられないい感動的な演奏。 第1楽章冒頭の主題から終始一貫のイン・テンポを基本としながらも微妙に揺れ動くアゴーギクがなんとも味わい深く、作品への尋常ならざる共感の深さを物語っています。第2主題を弦が弾き始めるとそれを掻き消すように木管が割り込むレスポンスの良さはロスバウトなら。第3主題の輝かしさも鮮烈ですが、最後まで衝撃的なのは、管楽器からヴァイオリン・ソロに至るまで、あらゆる独奏パートがこれ以上考えられないような霊妙なニュアンスを発し続けている点。6:23のフルートのスフォルツァンドには戦慄が走り、15:14のトゥッティの物凄い凝縮力で圧倒した後に現れるティンパニは結晶の極みを見せ付けるなどほんの一例。17:03からの第1主題再現以降も奇跡的としか言いようがない素晴しさで、各パートが極めて高い解像度で表出されながらも渾然一体となってハーモニーを形成していることをまざまざと痛感させる演奏は他にありません。しかも音の全てに毅然とした意思が強固に宿っているので、訴求力が破格。ここまで聴き進めると、アンサンブルの精度の高さだけでなく、ここまで音楽的な求心力の高さを誇る演奏は、有名な名演のなかでもなかなか存在しないことに気づきます。 第2楽章は意外と遅めのテンポですが、その足取りの何と確実なこと!フレーズを長く取るというよりも、一音一音に思いを込めてかすかに憂いの影を落としているのがたまらない魅力。第2レントラーのリズム感はもちろん磐石ですが、その弾力性が見事で、取り澄ましたような冷たさなど微塵もありません。その後のアッチエレランドとリタルダンドのタイミングの良さにも唖然。 第2〜第3楽章は、スケルツォというか終楽章への中継ぎのようにある肩の力を抜いて演奏されることがほとんどですが、ロスバウトの場合はそうは行かないのです。実は終楽章がももちろん感動的名のですが、この演奏の凄さを最も端的に示していると確信して止まないのが第3楽章なのです。第2楽章同様にリズムは強固な意志に貫かれて頑丈に立ち上がりますが、何か根底の部分でもがいている様な屈折感が最後まで聴く側に重くのしかかってくるのです。そんな演奏、他にあったでしょうか?1:07からティンパニが打ち込まれるわずか3秒間では、オケの音程の正確さとセンスの高さ、響きの融合の妙を痛感。あらゆる対旋律に至るまで全く均質のテクスチュアで統一され、インテンポの徹底的に制御されていますが、機械的に響くところが全くないというのは、まさに指揮芸術のの極意と言うべきでしょう。突如現れる二長調のトランペット旋律(6:09)は、まさに天国的なニュアンスに溢れていますが、周りを優しく取り巻くパートは決して緊張の意図を緩めません。10:59以降コーダまでは音楽は灼熱と化しますが、バーンスタインのように感情を剥き出しにはせず、内面から情念が噴出する様に感動を禁じ得ません。 終楽章は序奏から減のハーモニーの素晴しさに息を呑みますが、続くテーマが単なる優美さを超えて均整が完全にとれたテクスチュアで幽玄のニュアンスを瞬時に立ち上がらせているのには言葉も出ません。2:24のホルンによるテーマ再現、ハープの伴奏と共に囁く木管の極限の孤独感など、心にビリビリ迫る瞬間は枚挙に暇なし。14:04からの弦の強烈なユニゾンは、音の出だしをわずかにずらしてそれらしく聴かせるといった姑息な手段に逃げずとも確実にマーラーの思いがリアルに表出されること実証。放送用録音のため、モノラル音が鮮明なのもありがたい限り。ワルター&VPO並んで、真に価値のある歴史的名演として末永く語り継がれるべき演奏です。 |
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