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| ブラームス/BRAHMS |
![]() BRILLIANT BRL-99946(3CD) |
交響曲全集、11のコラール前奏曲* |
| ヤープ・ヴァン・ズヴェーデン(指)オランダPO、オランダ放送PO* | |
| 録音:2002年、1999年(第2番のみ) | |
| “爽やかなのに味がある!現代感覚と伝統的手法の奇跡的融合!” | |
| ベートーヴェンの交響曲全集では、曲によってアプローチを変化させるという、独特の見識を見せたズヴェーデンですが、ここでは従来の伝統的な手法によって、作品の内容をじっくりと掘り下げ、なおかつ瑞々しい感覚にあふれた演奏を一貫して披露してくれています。 まず「第1番」。第1楽章序奏のティンパニとのブレンド感の素晴らしさにまずハッとさせられます。推進力と重厚さを兼ね備えた音のニュアンスにも深みがあり、アーティキュレーションにもかなりのこだわりを見せますが、嫌味は皆無。主部に入ると自然な流れを崩さず、瑞々しい情感がいっそう大きく開花。提示部のリピートは行なっていませんが、ここでは大いに納得。終楽章はインテンポを基調にして実に快適にフレーズが進行しますが、決して呼吸が浅くならず、青春を謳歌するような清々しさを引き出しているのには最後まで感心させられます。最後の金管コラールでは大きくテンポ・ルバートを見せますが、これがまた確信に満ちた濃密な表現!その妙味には古めかしいさや嘘が全く感じられないので、この曲をはじめて聴いたような感覚に襲われるほどです。 壮年期を過ぎて書かれた「第1番」を実にフレッシュな味付けを施したズヴェーデンは、「第2番」ではグッとしみじみ路線に変貌。第1楽章に込められたノスタルジーと慈愛がフレーズの端々に滲み、提示部リピート慣行も実に意義深く迫ります。細部に割って細やかなセンスを聴かせる好例として、第3楽章2:16からの感情の込め方にご注目を。オケの俊敏な反応も含め、自在なフレージングの美しさに酔いしれます。終楽章は安定感抜群の構築力を発揮し尽くし、快適なテンポに乗せてこの楽章の楽想を的確にキャッチ。6:17の金管突出効果のなんと絶妙なこと!コーダではわずかにアッチェレランドが掛かりますが、これこそまさに閃きの勝利!この畳み掛けを感覚的にも内容的にも見事に凝縮しきった演奏は他にあまり例が無いのではないでしょうか。 「第3番」は第1楽章で顕著なように管楽器の重低音をクローズアップした響きなど、声部バランスの巧妙なバランス感覚に舌を巻きます。再現部交換からの聳えんばかりの立体的構築力の素晴らしさも必聴。6:20からのフレーズの末端まで余情を通わせる手腕もお聴き逃しなく。終楽章ではクナのよう重量級のスケール感を求めないまでも、重心がどっしりと安定しない演奏は決して多くはないですが、ここでは現代的な感性と伝統的な響きの融合を難なく実現するズヴェーデンの力量を再認識させられます。とにかく音楽が芯から熱していることがひしひしと伝わるのです。 そういった点では、「第4番」はまさにその新旧融合のアプローチの絶妙さが全開!終始雄渾な響きが素晴らしく、渋い作風に囚われすぎることなく、素直に音楽を抽出しながら、感動の世界を導きます。この全集、こんな廉価ではあまりにももったいないです! |
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交響曲全集、アルト・ラプソディ、ハイドンの主題による変奏曲 | ||
| クルト・ザンデルリンク(指)ベルリンSO、アンネッテ・マルケルト(A) | 1990年 デジタル録音 | ||
| Capriccio 10600[CA] (4CD) |
“人生を重ねた巨匠のみが成し得る、完熟のブラームス!” | ||
| 生産中止 |
古今を通じて、最も遅いテンポで一貫したブラームスですが、そのテンポでなければ到底訴えきれない多くの音楽的内容量とニュアンスをふんだんに湛えた超ド級の名演揃いです!特に50分を要する「第1番」の遅さは気が遠くなるほどですが、リズムの重力、スケール感は並ぶものがなく、旧オイロディスク盤を大きく凌いでいます。万全の条件下でのセッション録音ですので、音質も極上。 | ||
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交響曲全集 | ||
| セミョン・ビシュコフ(指)ケルンRSO | デジタル録音 | ||
| Avie AV-2051(3SACD) |
“極上の美しさ!ブラームスのイメージを一新したこの艶やかさ!!” | ||
| かつてのブラームスの交響曲から得たどの感動とも違う、独特の味わいに溢れた全集です!まず、いかにもブラームスといった鬱蒼とした雰囲気がなく、物々しい重厚さとも全く無縁!これほど音の隅々までまろやかで美しい歌に溢れたブラームスが実現し得るとは誰が予想できたでしょう!特にどっしりとした手応えを期待しがちな「1番」は、冒頭からティンパニを突出させず、完璧なブレンド感をもってしなやかに流れ、しかも響きにコクをたっぷりと湛えているのにびっくり!主部に入ってからも物腰は柔らかく、しかしフレーズの流動には確実に芯を携えているので、絶妙な安定感で迫り続けるのです。中間の楽章も音楽的な音色美に溢れ、ビシュコフがブラームスの音楽を心底から慈しんでいるのが分かり、弦も木管も完全に同じ質感で統一された音色トーンの美しさは、かつての名盤からもなかなか見出すことができません。終楽章、弦の第1主題の繊細さも比類なし。しかも今生まれたてのような瑞々しさで湧き上がります。コーダに至っても力で圧倒することなど念頭になく、誠心誠意ブラームスの心情を丹念に引き出そうとする一念が心を打ちます。そんな独特のスタイルは「2番」では更に相性の良さを見せますが、驚きは、1番でのしなやかさをそのまま持ち込むのではなく、ここでは逆に終楽章へ向けてのドラマ性を打ち出していること。第1楽章の第1主題は、自然の全てを抱え込むような呼吸の優しさに溢れ、第2、第3楽章の自然発生的な音色の揺らめきが心を捉えて話しませんが、終楽章コーダで、アッチェレランドが掛かり、突如固いティンパニの強打が轟き、ここで初めてといっていい確固たる意志の力を発揮するのです!その強打はほぼ全拍に渡って打ち鳴らされますが、闘志剥き出し型ではなく、全体のフォルムを崩さず、美しい音色の融合を守り通しているのは驚異としか言いようがありません!「3番」の第1楽章は展開部に入って生命の活力を加味し展開部から再現部へのブリッジのテンポの落とし方と音楽的深みが絶品!コーダの12:13以降クレッシェンドして、最後に優しいフォルテピアノをさり気なく挟むセンスは、もうそれだけでビシュコフの感性は疑いようもありません!第3楽章のリリシズムは、すすり泣きの一歩手前のスレスレ。一方では、テーマの符点リズムを曖昧にしないこだわりも見せ、硬軟のバランス配分の妙にも新鮮な衝撃を覚えます。終楽章では、2番の終楽章コーダで聴かれたティンパニの強打の意味をここでまた再認識。本当に必要な箇所にだけ渾身の意味を込めて固く強打することによって、全体の構築をシャキッと聳え立たせる手腕に脱帽です!「4番」もこれみよがしのアゴーギクなど用いず、冒頭からはっきりとしたフレーズの明暗を描き切っています。展開部と再現部の間(ま)の素晴らしいこと!このコーダでも、全声部を熱く凝縮させながら威圧感を与えずに品格を持って締めくくっています。第2楽章は第2主題をこれ以上不可能なほど魂のこもった歌に満ち溢れ、後半の再現の弦パートが一丸となってハーモニーを豊かに広がる様は、録音の素晴らしさと共に圧倒的な感銘をもたらします。終楽章も格調美が隅々まで浸透。コーダの最後の和音で、弦の切込みを若干ずらす粋な計らいにもご注目を!オケの素晴らしさも賞賛し尽くせません!放送オケならではの機能性はもちろんのこと、各ソロ奏者のトーンも地味ながら聴き手を心から虜にするセンスを兼ね備え、その魅力をビシュコフが余すところなく美しく統合しているのですからたまりません。ビシュコフの師、ムーシンは、弟子の中で最も自分の教えに忠実な指揮者として彼の名をあげていますが、ロシア的とかドイツ的とかいう範疇に収まらないこの極美のブラームスを聴くと、そのことも大いにうなずけます。 | |||
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ブラームス:交響曲全集、シェーンベルク:室内交響曲第1番、第2番*、浄夜、5つの小品、 交響詩「ペレアスとメリザンド」*、変奏曲* |
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| ハインツ・レークナー(指)ベルリンRSO、ライプチヒRSO* | ブラームス=1978年〜1987年、 シェーンベルク=1980年〜1991年 全てステレオ・ライヴ |
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| “シューリヒトをも超越!「ブラ4」第1楽章に聴く天才技の浸透力!!” | |||
| ブラームスの「第1番」のみスタジオ録音ですが、この張り詰めた緊張と音の凝縮はライヴのような熱を帯び、あの名演「ブル9」第2楽章のそれを彷彿とさせます。序奏の清潔この上ないテクスチュアとティンパニの見事なブレンド、続くフルートの厳粛な輝き、ゴリゴリとうねる低弦の発言力など、全てが破格の説得力で迫ります。フレージングの境目が分からないほど一息での大きな呼吸の妙や、展開部後半のいきり立つ高揚は、レークナーの気力の絶頂を示す好例。第2楽章の高雅な佇まいと、コーダのVnソロの信じられない美しさも必聴!終楽章は、まさに一気呵成!それだけに、コーダの金管コラールの神々しいテンポルバートのように、ここぞという箇所のテンポの動きが、絶大な説得力!序奏のホルン・ソロを支える弦のさざなみの美しさも、地底から静かに湧き上がる生命のような佇まいを醸し出しているのですから、言葉が出ません。通常より速めのテンポを設定するのがレークナーの常ですが、それがスポーツ的なノリと無縁で、内面の燃焼度が極めて高いので、どんなに音楽が高揚しても脂ぎることなく、芸術的な格調を保つ常人には真似のできない技を発揮し尽くしたのが「第2番」。第1楽章の提示部は、ごく普通に流れるだけに感じますが、それが展開部以降の芯の熱さを誇る音楽のうねりの伏線であることに気付かされます。その展開部の雄渾さや11:59以降の魂の壮絶な叫びそのものの響きは、まさに至高のレークナー・サウンド!第2楽章の幽玄のニュアンスも聴き手を離さず、第3楽章中間部の表情の多彩さは空前鉄後!終楽章に至っては、演奏時間こそ9:26と普通ですが、第主題と第2主題のテンポ・ニュアンスの違いがくっきりと浮き出ると同時に、コーダに向かって弛緩することなく熱い共感を込め、燃えるレークナーの凄さを思い知らされます。コーダ直前でワルター以上のテンポルバートで一呼吸置いた後の加速の激烈ぶりは、レークナーどの録音からも聴けなかったもので、これをもし生で聴いていたらと想像するだけで、失神しそうな極限の感動に襲われるのです!案の定、最後の音が鳴り止まないうちに、会場から大拍手が湧き起こっています。ところが、さらに凄いことになっているのが「第4番」!かつてレークナーが読響を振った演奏が、この世で鳴ったブラ4の最高峰と勝手に確信していたのですが、そのときの演奏よりも胸を突き刺すのですから、どんなに美辞麗句を並べても追いつきません!第1楽章は11:17という史上最速テンポ!もちろん押し付けたスピード感ではなく、特有のフレージングの大きさからでた結果で、一陣の風のように流れるその風情は、あえてシューリヒトの閃きをも超越していると言っても過言ではありません。第2楽章後半に登場する第2主題の全身で受け止め切れないほどの内容量の前では、あのアーべントロートが起した奇跡さえ霞んでしまいます。終楽章は第2変奏から早速それまでとは違うテンポに移行するなど、各変奏の表情を入念に描き分けながら、全体に太い芯を貫かせ、一気に聴き手をフレーズの奔流に引きずり込んで離しません。一方、シェーンベルクは逆に肉感的なニュアンスさえ漂わせ、これまた独特の風味を持つ演奏ばかりです。十二音技法の頂点とも言われる「変奏曲」は、ショルティなどの剛直さとは異なり、生々しい人間的な息づかいが聞かれます。第6変奏の官能にも似た不思議な空気や、第8変奏のどこか「軋み」と伴う色彩の綾は、いかにも旧東ドイツの土壌が生んだ雰囲気が濃厚。ちなみに、ベルリンの壁が崩壊するのは、この半年後のことです。旧東独で現代作品のエキスパート・オーケストラの役を担っていたライプチヒの放送オケの起用も最大に効を奏しています。調性崩壊へ向かう前兆の「室内交響曲第1番」も、明らかにマーラー側から捉えたロマン的な解釈で、冷たい演奏ほど望ましいとする迷信を吹き飛ばす説得力!これほどこの曲が心の琴線に触れたことはありません。「浄夜」では、果てることのないイマジネーションの広がりと魂の叫び(例えば5:33以降!)に圧倒され、「この曲はどう演奏されるべきか」などと頭で考えている場合ではありません!こうして聴くと、ここまでではないにせよ、独シャルプラッテンの数々の録音でもレークナーの比類なき音楽性の片鱗は十分に窺えるのに、それに気付こうともしない(気付けない?)評論家がこの国にはほとんどいない現実を悲しく思います。 →お客様レヴュー |
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交響曲全集 | ||
| ホルスト・シュタイン(指)バンベルクSO | 1997年 デジタル・ライヴ録音 (バンベルク、ヨーゼフ・カイルベルトザール) |
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| KOCH 316402 |
“巨匠シュタインが大切に育んだ剛直な音色美” | ||
| 廃盤 | シュタイン70歳記念ステレオ・ライブ。ヴァントのような緻密なアプローチとは対照的に、全声部のブレンド感と重心の低い悠然たるテンポで一貫。スマートな演奏になれた耳には、その音の威力と厚みはかなり衝撃的です。第2,3番の終楽章は、シュタインが敬愛するクナを思わせるスローテンポで、アゴーギクは最小限。最後の高潮時は金管のみが突出しやすいものですが、ここでは全楽器のヴォルテージが一斉に高まり、恐るべきスケールで圧倒するのです。しかしそれ以上に凄いのが第4番!まさに経験の重みの為せる技!本物のドイツ魂を体言できる稀少な全集として、いつまでも大切にしたい全集です! | ||
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交響曲全集、悲劇的序曲、ハイドンの主題による変奏曲、アルト・ラプソディ | ||
| サー・エードリアン・ボールト(指)LPO、LSO、他 | 1969年〜1972年 ステレオ録音 | ||
| DISKY HR-705412(3CD) |
“ヴォーン・ウィリアムズと並ぶ、ボールト晩年の至宝!” | ||
| ボールトのドイツ音楽が英国指揮者の中で特に際立った説得力、端正な造型感覚を持ち続けたのは、師のニキシュとの交流の賜物だと思いますが、そこへ作品への並々ならぬ愛情が注がれたときの精神の高揚感は、例えようもなく素晴らしいものです。このブラームスも、隅々まで格別な愛情を注ぎこみ、崇高な精神を漲らせ、80歳のボールトが築き上げた偉業として輝きを失っていません。「第1番」の第1楽章は意外なほどスムースな進行で始まり、テンポもテクスチュアも爽やか。過度に陰鬱になるのを避けながら、しかし出て来る音楽は、渋み溢れるブラームスそのもの!ハッとするような演出などどこにもありませんが、音の端々から滲み出るニュアンスは、絶妙なアゴーギクと一体となって、風情満点。コーダの締めくくりは、一見あっさりしているようでいて、そこには慈愛が溢れています。第2、第3楽章の透明で柔らかなテクスチュアもじっくりと心に染み入ります。第2楽章のヴァイオリン・ソロには、ボールトを敬愛するメニューインが特別参加!これがまた泣かせます。終楽章もガツンくる痛快さとは無縁。テンポの変動を最小限に抑えた淀みのない進行の中から、渋いニュアンスがじりじりと湧き上がり、ヴァイオリン両翼配置も効を奏して、実に深みのある音楽が展開されます。更に感動的なのが「第4番」!ここでもヴァイオリン両翼配置の効果は絶大で、表情は第1番以上にアグレッシブなものを感じます。第1楽章の水墨画を思わせる風情、第3楽章の豊かな風格もボールトならではですが、終楽章後半の入念を極めたテンポ設定と壮大な構築は、高次元の精神の高揚に彩られ、感度の極みです!特に6:38でテンポを落としての味わいは、まさに老練!コーダで実にゆっくりとしたテンポで格調高い雰囲気のまま締めくくる手腕も、他の追随を許しません!なお、どの曲も全てリピートを敢行しています。 | |||
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交響曲第1番ハ短調、ベートーヴェン:「エグモント」序曲、ラヴェル:ラ・ヴァルス* | ||
| レナード・バーンスタイン(指)NYO | 1959年8月28日レニングラード・フィルハーモニー大ホール、 1959年8月24日モスクワ音楽院大ホール* モノラル・ライヴ |
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| JIMMY OM03-131 |
“ただの熱演じゃない!完璧なバランス感覚と精神高揚力!” | ||
| バーンスタインが最もバーンスタインらしかった時代に、その芸術性を高次元で結実させた演奏として、どうしても見逃すことができない一枚です!晩年の重厚路線ともニューヨーク・フィルとのコンビでイメージされるアメリカンなノリとも違う、見事にバランスの取れた芸術的な味わいと緊張感がここには漲っています。最初の「エグモント」序曲から壮絶!冒頭のトゥッティが不安を溜め込んだ響きで立ち昇る瞬間から、緊張の空気を現出。続く弦の響きの凝縮力も、響きが荒いとされることが多いNYOとは思えぬ完成度。アレグロに入ると団員全員が身を粉にして激情をぶつけながら熱く激走。ソ連の聴衆にアメリカ楽壇の意地を見せ付けようと意思も込めた様なその神々しいばかりの力感には言葉を失います。副主題のリズムの強固さと弾力のなんというバランスの良さ!終結部直前のホルンはかなり強奏させていますが、その巧さと、音が割れる寸前で深遠さを醸し出すとう離れ技!終結部の輝かしさはモノラル録音であることを忘れるほどの眩さで、金管が主題を高鳴らせる直前のピッコロのトリルがこんなに意味深く響いている演奏も他に聴いたことがありません。この1曲だけでもバーンスタインの名は歴史に刻まれたと思えるほどの素晴らしさですが、ブラームスは更に感動的!第1楽章冒頭はテンポこそ標準的なものですが、辺りを払う威厳と意志の強さが音の隅々にまで行き渡った完全無敵の斉奏ぶりで圧倒。主部に入ると、その身を粉にした熱い打ち込みに更に拍車が掛かり、ドイツの伝統とバーンスタインのストレートなバイタリティが完全融和し、皮相な雰囲気作りなど相容れない緊張の糸は、最後まで途切れることがありません。展開大詰めの11:33以降の極限の激高と、その後のピチカートの音楽的ニュアンスの豊かさは尋常ではありません。第2楽章も安らぎをもたらす緩徐楽章などではなく、表情は終止熱く濃厚ですが、それがバーンスタイン個人の体臭としてまとわりつくような印象を与えず、アゴーギクにも楽器のバランスにも、音楽自体が自発的に湧き上がるような純粋な佇まいに心動かされます。Vnソロが現れるシーンなどは、マイルドな感触仕上げる演奏が多い中で、そのソロも他の声部も音にハリを失わず、ニュアンスの光をふんだんに湛えている点が実に魅力的。第3楽章は冒頭クラリネット・ソロの巧さと、後ろ髪惹かれるようなニュアンスが印象的で、自己顕示が強すぎると揶揄されることの多いNYOとは思えぬ迫真のソロを聴かせてくれます。この楽章に至ってようやく平穏な空気が流れますが、音像のメリハリ感、リズムの腰の入り方はジョージ・セルを思わせるほどで、皮相な雰囲気に流されるそぶりを全く見せずに格調高い構築を維持している点が更に音楽的な味わいを高めています。終楽章はもう圧巻!ライヴならではの熱さを行った次元を超越しており、アンサンブルも表現意欲も全体に漲る緊迫感も全く弛緩せずに、最高の演奏を繰り広げることだけを目指した一途さが完全に効を奏しています。ホルン・ソロ以降の深遠さ、繊細さ、呼吸の深さ、低音域の引き締まった支えが一体となった至高のニュアンスにまず息を飲みます。第1主題の歌わせ方は、後のVPOとの演奏でもその独特の強弱配分が感動を誘いましたが、ここでは人為的な表情付けを全く感じさせない霊妙な味わいが格別で、「バーンスタインのアクの強さが苦手」という方には特に耳を凝らしてお聴き頂きたい瞬間です。テンポはかなり速めですが、単なる暴走ではなく、作品の内面と常にの常に対峙しながらイメージし得た表現を最後の一滴まで絞り出そうとする意気込みはバーンスタインの他のライヴ録音と比べてもトップクラスと思われます。最後の金管コラール出現直前の決死の加速は、壮絶の極み!その超高速テンポの中で、ホルンが主旋律補って完璧に吹ききる瞬間は、ホルン・ファンのみならず驚愕すること必至!ラヴェルは、西欧管弦楽の色彩のデモンストレーションとばかりの輝き!クリュイタンスなどもソ連には訪れていますが、肌に吸い付くようなレガートの感触や、露骨に艶かしいアゴーギクはは、当時のソ連の聴衆にとって相当ショッキングだったに違いありません。録音状態も非常に良好で、会場の臨場感を見事に伝えています。 | |||
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交響曲第1番ハ短調 | ||
| ロヴロ・フォン・マタチッチ(指)NHK響 | 1967年1月28日 ステレオ・ライヴ録音 | ||
| Altus ALT-091 |
“N響がマタチッチを神と崇めていたことを実証する超名演!” | ||
| DENONから出ていた最後の来日公演の「ブラ1」も神々しい名演でしたが、これを聴くとそれさえ吹き飛びます!冒頭のティンパニの気力から凄まじく、弦は灼熱に燃え盛り、生半可な気持ちでは相対することができない異常な迫力で迫ります。主部に入ると絞り出すような激情と精神的な深みと憧れの風情を湛えた弱音のニュアンスが交錯。弦の持てる潜在能力の120%を出し尽くしたクオリティの高い響きをはじめ、隅々に渡ってマタチッチの熱い共感が浸透し尽くしているのが分かります。第2楽章も、綺麗ごとはどこにもなく、明快なアーティキュレーションと分厚い低弦の響きを絶やさずに大柄な造型で圧倒。心を込めぬいたヴァイオリン・ソロも印象的。第3楽章の金管の神がかったような輝き、弦のピチカートの意味深い語り掛けも、マタチッチの芸風を象徴しています。終楽章は最初のティンパニのクレッシェンドから、もうこれしかないと思わせる説得力!ホルン・ソロをこれほど強靭に腹の底から吹かせ、鬱蒼とした森の深部に迫る雰囲気を醸し出した例は聴いたことがありません。しかも、フルート・ソロが登場すると低弦が物々しく唸りを上げ、更にハーモニーに濃密さを加味するのですから鳥肌ものです!音は一貫して極太タッチ!その太いパイプに収まりきらないほどの情報量を目の当たりにすると、最近はいかにも少ない要素で感動を余儀なくされ、それが当たり前のようになってしまったことを痛感すると同時に、指揮者とオケとの関係が、単なる仲間意識を超えた次元に到達するという事の凄さを思い知らされます。豪放磊落とか爆演といった一言では済まない、音楽の根源に接することができる名演奏と言わずにいられません! | |||
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交響曲第1番ハ短調Op.68、武満徹:夢の時、細川俊夫:遠景U | ||
| 高関健(指)群馬SO | 1997年 デジタル・ライヴ録音 | ||
| コジマ録音 ALCD-8001 |
“弾ける瑞々しさ!このブラームスは日本人の誇りです!” | ||
| 定価 |
これは失礼ながら全く期待せずに聴いただけに、その最初の衝撃は相当なものでした。第1楽章冒頭を聴いて「まぁ普通だな」と思ったのも束の間、すぐに極めて克明な弦のピチカートが耳に飛び込みます。これは彼ら独自のブラームス像を打ちたてようとする前兆で、展開部以降はエンジン全開。取り憑かれたような推進力を見せ、溢れ出す表現意欲の応酬となります。アンサンブルの精度、凝縮度も、このオケの最高水準と思われる磐石さ。両端楽章のアグレッシブさと中間の2つの楽章の至福の安らぎ感との対比も含め、最後まで心を掴んで離しません。小細工は一切なし。トスカニーニ的な進行を続けながらきめ細かなバランス感覚が冴え渡る終楽章は特に感動的で、11:25のティンパニの粉砕力に唖然!最後の金管コラールでもテンポを落とさずに駆け抜けますが、そこには決然とした意志が漲っているので、新鮮な感動に襲われるのです。このオケの実力の程は、武満でも歴然。この艶やかな色彩表出ぶりは、本当に見事としか言いようがありません。 | ||
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交響曲第1番ハ短調、メンデルスゾーン:交響曲第4番「イタリア」 | ||
| ネルロ・サンティ(指)読売日本SO | 1999年 デジタル・ライヴ録音(サントリー・ホール) | ||
| マイスター ミュージック MM-1065 |
“懐かしさと豪快さが入り混じった巨匠サンティの凄演!” | ||
| 定価 |
Vnは指揮者の左右、Cbは左後方に配置。アーティキュレーション、アクセントにも古き佳き時代の味わいが濃厚ですが、音像は常に明快で、トスカニーニ張りの突進力を効かせるのにはびっくりです。第1楽章の14:29からの凄い凝縮力を伴ったクレッシェンド効果、第2楽章のしなやかなカンタービレは、オペラの巨匠ならではの技。終楽章の猛進ぶりも聴きもので、なんと終結では、ミュンシュ(EMI盤)並みの盛大なティンパニの追加があり、興奮を一層煽ります!メンデルスゾーンのスピード感とリズムの立ち上がりも文句なし!アクセントの妥協のない処理も、演奏に瑞々しい生命感を与えています。N響と競演したサンティの演奏をお聴ききになった方は、偏狭な理論に惑わされない独特の牽引力に圧倒されたと思いますが、彼が生き抜いた時代の息吹の全てを注入し、この方法以外あり得ないと言わんばかりの確信に溢れる音楽作りは、最近のオリジナル志向の指揮者にはどう足掻いても真似のできない芸当でしょう。彼らはこれを聴いて何も感じないのでしょうか? | ||
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交響曲第2番、ワーグナー:「パルジファル」〜前奏曲、終結の音楽 | ||
| カール・シューリヒト(指)シュトゥットガルトRSO | 1966年 ステレオ・ライヴ録音 | ||
| archiphon ARCH2.5CD 廃盤 |
“最晩年のシューリヒトが醸し出す天上の音楽!” | ||
| ↓ Hanssler 93-143 |
「この世のものとは思えぬ」という言葉を使わざるを得ない究極の演奏というものがいくつかある中で、音楽を超越して神の声として響くこのシュトゥットガルトのライヴは格別の存在感を放っています。ブラームスは、冒頭の低弦からホルンへの序奏の響きが天上からふわっと舞い降りるように鳴る瞬間から、既に異次元的な美しさ!主部以降は、力みが一切なく、微妙な陰影を湛えたアゴーギクと共に、フレーズがとうとうと流れますが、そのテンポの変化も呼吸の膨らみも、人間が操作していることを感じさせない雰囲気は、言葉で言い尽くせません。第2楽章後半の頂点でも、通常の構築美の意味を超えた素朴で深いニュアンスに息を呑みます。第3楽章は農村の舞曲風なニュアンスなどではなく、天上の楽園を淡い音彩で描いていますが、中間部に入った途端にリズムが無骨に弾んで現世に舞い降り、再び彼岸の彼方へ去って行く…そんな思いにさせる演奏は他に思い浮かびません。終楽章に至っても、がっちりとした構築よりも、純朴な流れが心を捉え、痛快な身のこなしなどどこにもありません。いわゆる「枯れた表現」のようにも思えますが、晩年のベームのような意味とは異なり、瑞々しさと神々しい光をそこに感じさせるところが、超人シューリヒトならではでしょう。あの名盤の誉れ高いDECCA番の魅力をさらに突き詰めたこの演奏は、聴き手の側から何かを感じ取ろうとしない限り、ただ流れ去ってしまうだけですが、シューリヒトがかねてから得意としていたこの曲の最後の答えが無我一色で、深い奥行きを感じさせる音楽として再現されるというのは、何と素晴らしいことでしょう。ワーグナーでも人間臭さは皆無。いかにもワーグナー的なアクもなく、ただその神々しい光に包まれるのみですが、「前奏曲」の最後の部分や、「終結の音楽」から滲み出るこの空気は、どんな形容詞も通用しません!感動的な音楽を形作るのは、決して「呼吸」だけないことを確信させます。音質も極上。 |
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| ※入手が容易なのはHanssler盤。収録曲はこのブラ2に加えて「運命の歌」「悲歌」('54年録音)。archiphon/ARCH2.5CDのブラームス冒頭で一瞬電気的なノイズが聞こえますが、特に鑑賞に支障なし。同一音源によるLIVE STAGE盤(LS4035160)では巧く処理しています。ヘンスラー(93143)からも発売。ワーグナーは、ヘンスラー盤の「ワーグナー作品集」(CD93.019)と同一。 | |||
| 米SONY QK-62287 |
交響曲第2番、メンデルスゾーン:序曲「フィンガルの洞窟」 | ||
| アルノルド・カッツ(指)ノヴォシビルスクSO、他 | デジタル録音 | ||
| “現代的機能美には目もくれぬ、心一つで歌いぬくカッツの技!” | |||
| 「シベリアのカラヤン」の異名を持つカッツのブラームスは、純朴そのもので、カラヤンとは正反対。決して大声でわめくことはなく、しっとりとした詩情を大切にしながら入念に歌います。特に終楽章は終始遅いテンポでとうとうと流れ、なんとも濃厚なノスタルジーと優しい風情は、目頭を熱くさせます。この数分の感動だけでも、是非味わっていただきたい! | |||
![]() GOLDEN MERODRAM GM-4.0071 (2CD) |
(1)交響曲第2番、(2)運命の歌、(3)モーツァルト:ピアノ協奏曲第24番*、 (4)2台ピアノのための協奏曲#、(5)ベートーヴェン:ピアノ協奏曲第5番「皇帝」 |
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| ヨゼフ・カイルベルト、クーベリック#、ヨッフム*(指)バイエルンRSO、 バイエルン放送cho、ロベール・カサドシュ(P)、ギャビー・カサドシュ(P) |
(1)'66.12.8(ステレオ)、(2)'61.1.19、 (3)'54.3.11、(4)'70.2.27(ステレオ)、 (5)'67.5.5(ステレオ) |
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| “男カイルベルト!「ブラ2」終楽章の豪放な突進力!” | |||
| この「ブラ2」はかつてDISQUES REFRAINから出ていたものと同一で、カイベルトのライヴによる交響曲録音の最高作であるばかりでなく、質実剛健の一言で片付けられがちなこの指揮者の天才的なフレージング能力と、オケを奮い立たせる牽引能力の高さを思い知らされる凄演です。第1楽章は、冒頭から細部にちまちまと拘るのではなく、太い筆致の草書を思わせる風情がまさに純正ドイツの響きの象徴し、その後も分析臭は一切なく、一匹狼的な頼もしさで直進し続けますが、一見ストレートなようでいて、自然に呼吸が振幅を繰り返し、瑞々しさを決して絶やさないところが、伝統に安住しているだけの演奏とは一線を画すところです。第2楽章の中低音をベースとした奥行きを感じさせるテクスチュアも、バイエルン放送響の合奏力の高さとともに揺るぎないもので、ブラームスの醍醐味を徹底的に堪能させてくれます。6:08以降の低弦ピチカートに乗せたフレーズの芳しいニュアンスは、なんとしてもお聴き逃しなく!しかし腰を抜かすのは終楽章!一糸乱れぬアンサンブルとともに後半に行くに従って白熱の度は増すばかり。コーダでは遂に内声の深々とした融合を解いて、ティンパニが天空を突き抜ける勢いで砲撃を見せ、意図的なアッチェレランドとは違う真に差し迫った加速ぶりも、二度と同じようにはできないと思われる素晴らしさ!この数分間の奇跡だけでもこの2枚組を手にする価値ありと断言できます!そのカイルベルトの一枚岩のような音楽作りに乗せ、カサドシュがソロを務めた「皇帝」が、またこのこの曲のベスト演奏のひとつ!カサドシュのベートーヴェンはSONYにもソナタの録音などがありますが、やや水っぽくて食い足りなさを覚えた方も、これには驚かれることでしょう。最初のソロの瞬間から、タッチのニュアンスに一つとして同じものがなく、繊細でありながら音色はブリリアント!ステレオ録音が少ないせいか、カサドシュのピアノにこれほど「華麗さ」を感じる演奏はないように思います。もちろん音が決して割れずに気品を湛えているのはいつも通り。やや速めのテンポの中にも、カイルベルト共々深い呼吸を共有しています。一方、オケもその魅力を十二分に繰り広げ、17:13からのホルン・ソロは、あらゆる演奏の中でも最高に感動的!第2楽章の弱音タッチの美しさも溜息が出ます。カサドシュのタッチの「美しさ」を評も見たことがありませんが、作為の跡が全くない自然発生的な柔和タッチは、ほかに類例がありません。終楽章冒頭ペダルをサッと引いて、リズムの弾力を強調する粋なセンスも一度聴いたら病みつき必至。リズムの重心が低く、頑丈な構築を見せるのも意外。丁々発止のカイルベルトとの緊迫の掛け合いも圧巻!2台ピアノ協奏曲も、これ以上何を望めましょうか!愛妻ギャビーとの共演盤は少なくないですが、これは伴奏ニュアンスの豊かさの点でも同曲を語る際に絶対に外せないばかりか、おしどり夫婦ならでは息の合い方などという次元ではなく、完全に一対となって初めて可能な2台ピアノならではのハーモニー感を表出しきっているという点で、絶妙の極みです。第2楽章など愛の育みそのもので、二人の美音タッチで甘いニュアンスに更に香気が立ちこめます。第2楽章の4:45の一瞬の装飾音をあえて意識して聴いてみてください。息がぴったりどころではありません! | |||
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交響曲第2番、シューマン:交響曲第4番 | ||
| シャルル・ミュンシュ(指)フランス国立放送局O | 1965年、1966年 ステレオ・ライヴ録音 | ||
| Valois V4827 廃盤 |
“才気爆発!逞しい骨格で燃え盛るミュンシュの快演!” | ||
| LIVING STAGE LS-1032 |
ブラームスの冒頭は、ミュンシュにしては意外なほど繊細な表情を施していますが、すぐに音楽は怒涛と化し、凄まじい推進力で圧倒します。特に第3楽章中間部の破壊力とスピード感は比類がなく、終楽章の展開部の入りではミュンシュは唸り声まで発し、興奮を極限まで煽り続けますが、コーダでは破格の大サービスを披露!最後の締め括りの音を異様に長く引き伸ばし(スヴェトラーノフの「ローマの松」のコーダを思い起こさせる)、遂に聴衆は堪え切れず、その持続音の途中で大喝采を贈ってしまうのです。シューマンも血気盛んですが、第2楽章の深い憂いと瞑想感はそれとは対照的に心の奥底に響きます。 ※LIVING STAGE*LS-1032(ベートーヴェンもカップリングされた2枚組)と同一録音。 |
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| NAXOS 8.557685 |
交響曲第3番、交響曲第4番(2台ピアノ版) | ||
| ジルケ=トーラ・マティース(P)、クリスティアン・ケーン(P) | 2004年デジタル録音 | ||
| “平凡なオケ演奏など一蹴する圧倒意的手応え!” | |||
| 作曲家自身の手による2台ピアノによる演奏ですが、それぞれのピアノを左右にきちんと定位させた録音なので、どの声部をどちらのピアノが弾いているのかが明確に分かるので、一層興味深く鑑賞することがきます。演奏自体も実に素晴らしく、ピアノ・デュオ・ファンのみならずオーケストラ・ファンにもお聴きいただきたいもの。第3番の終楽章など、薄味のオケの演奏の何倍も緊張感に溢れ、二人のピアニストの息もぴったりで、第4番の第3楽章など多重録音かと思うほど縦の線が見事に揃い、推進力の満ちた演奏を披露しています。2台ピアノによる録音は他にもありますが、これはファーストチョイスとして強力にお勧め! | |||
| TAHRA TAH-303 (2CD) |
交響曲第3番、交響曲第2番、ハイドン:交響曲第88番、R.シュトラウス:死と変容 | ||
| ハンス・クナッパーツブッシュ(指)ドレスデン・シュターツカペレ | 1956年〜1959年65年 モノラル・ライヴ録音 | ||
| “怪物クナが本気で世界を敵に回した4つ異常凄演!” | |||
| どの曲もクナのお得意の曲ですが、「ブラ3」(Arkadia盤と同一ですが音質はこちらが上)は、数種ある録音の中で、自己のスタイルの徹底ぶり、オケの機能美、音質等において、頂点に君臨するものです。第1楽章冒頭から、ホルンではなくトランペットを突出させていきなり激烈なハーモニーで圧倒!終楽章は、主部突入直前の大失速を伴っての瞑想の深さ、展開部のティンパニ追加効果の激烈さと、魅力は尽きません。「死と変容」の神々しさも、ひれ伏すしかない説得力。「ブラ2」は、終楽章の11分を超える巨大造型に打ちのめされること必至です! | |||
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交響曲第4番ホ短調 +シューベルト:交響曲第5番 | ||
| ルドルフ・ケンペ(指)BBC響 | 1976年(ブラームス)、1974年(シューベルト) 共にステレオ・ライヴ録音 |
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| BBC LEGENDS BBCL-4003 |
“ケンペ死の3ヶ月前!命の灯を燃焼し尽した涙の“ブラ4” | ||
| ライブで燃えることで有名なケンペですが、この死の直前のブラ4は、英国民への最後のメッセージとなることを予見したような異様なテンションに溢れており、表情の濃厚さ、呼吸の異様な振幅など、持てる表現意欲の限りを出し尽くした凄演です!第1楽章はふわっと湧き上がる冒頭主題から無我の境地!しかし枯れてはおらず、徐々に芯を加熱させ始しながら、コーダでは激烈なティンパニの最強打と共に魂を抉ります。第2楽章の息の長いフレージングは天国的な美しさ!第3楽章の重量級の構築と予想外の金管の雄叫びも聴きもの。終楽章は、絶妙なアゴーギクの粋を結集しての造型美が見事で、白熱的なコーダに至るまで感動の連続です。終演後はもちろん大拍手の嵐。しかし誰一人「ブラーボー!」と叫ぶことのできない空気が、この演奏の神々しさを物語っています。 | |||
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交響曲第4番ホ短調 +なぜ悩む者に光を与えたか、祝辞と格言、3つのモテット | ||
| ヘルベルト・ブロムシュテット(指)ライプチヒ・ゲバントハウスO、ライプチヒ放送cho | 1996年 デジタル録音 | ||
| DECCA 4555102 廃盤 |
“残念ながら、どんなに言葉を尽くしても、この感動を伝えきれません!” | ||
| ブロムシュテットは、N響の名誉指揮者に就任してからようやく一目置かれるようになった感がありますが、今でも「中庸を重んじる堅実派」というイメージが大勢を占めているのではないでしょうか?しかし、彼の指揮は、そんな一言で片付けられない強固な構築としなやかなフレージング、テクスチェアの克明さが最大の魅力。指揮ぶりだけを見ていると確かに不器用そのもので、とても重量級の名演を聴かせてくれるようには思えませんが、どうもその見た目のイメージが先行しているように思えてなりません。ましてやこのCD、初発売はヴァントの新録音の発売と見事にぶつかったため、この演奏の素晴らしさを伝えるのは本当に大変でした。冒頭の主題は、触れると壊れそうなほど繊細に寂寥感を湛え、次第に骨太なバスの追随と共に呼吸を膨らませ、比類のない味わいを醸し出しているのです。展開部の木管の悲哀に暮れた音色も絶品。コーダでホルンが主題を強奏する辺りからは音楽が熱く熟し切り、その凄みたるや、続く第2楽章をすぐに受け入れられない程です。第2楽章は、このオケ特有の渋い音色美が淡い光の中で揺らめき、コーダ直前のカンタービレは、あのアーベントロートと双璧の感動的な歌がとうとうと流れます。第3楽章も正攻法ながら微妙な強弱の変化を織り交ぜ、リズムのセンスも満点。中間の静寂との対比も、誰よりも鮮明です。終楽章は第1楽章冒頭のニュアンスをそっくり受け継ぐように開始し、ブロムシュテットの様式の首尾一貫性を再認識。各変奏の緻密な流動は、天才的な閃きと言っても過言ではなく、最後の約4分間は渾身の力で音色を統制して核心だけを噴出。この響きの砲撃に、かつての名盤の全てが吹っ飛んでしまいます!カップリングの無伴奏合唱曲も極美。名門合唱団の底力(特にバスの安定感!)と呼吸の深さ、和声バランスの冴えには脱帽。トラックIなど、交響曲のクライマックスと同等の手応えです。どうか一度でいいですから、目を閉じて隅々まで聴いてみてください。必ずブロムシュテットの非凡な音楽性にハッとする瞬間があるはずです。 | |||
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