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| シューベルト/SCHUBERT |
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交響曲第3番、交響曲第5番、交響曲第6番 | ||
| サー・トーマス・ビーチャム(指)RPO | 1958〜59年(第3番、第5番)、1955年(第6番) 全てステレオ録音 | ||
| EMI 5669992[EM] |
“ビーチャム流のウィット全開!終始微笑み続ける魅惑のシューベルト!” | ||
| ビーチャムがステレオ(スタジオ)で遺した交響曲録音の中でも出色の感動作!第5番はワルターの名演が知られていますが、終始微笑みながら優しい語り口で魅了するビーチャム盤が忘れられているのは全く不可解なことです。第1楽章の穏やかに漂うきめ細やかな表情、第3楽章のトリオでの夢のようなリタルダンド、終楽章のパリッとしたリズムの冴え等々、魅力は尽きません。第3番第1楽章、主部冒頭でのオーボエの小気味良いスタッカートのリズムの跳ね上げ方は、一度聴いたら耳から離れず、第6番のリラックスしたテンポ自体の魅力も、小手先の技術だけでは醸し出せない老練の味わいです。 | |||
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交響曲第5番、ブラームス:交響曲第4番 | ||
| カール・シューリヒト(指)VPO | 1965年4月24日 モノラル・ライヴ | ||
| Altus ALT-070 |
“神技の連続!最晩年も衰えなかったシューリヒトのロマンチシズム!” | ||
| これはシューリヒトの最晩年の演奏の中で傑出した名演!2曲ともシューリヒトの芸術の最高のエッセンスが凝縮されていると言っても過言ではありません。シューベルトは、ワルターに代表される様な無理のないテンポ感と清々しいテクスチュアを一貫させ、強烈なアピールに乏しいこの曲の芯の魅力を余すところなく再現。提示部の最後のディミニュエンドや、展開部2:48以降の濃密なレガートはシューリにとならでは技、再現部は一層リズムに華を感じさせ、「シューベルト=素朴」と単純化できない味わいを残します。第2楽章冒頭の質句のような幻想的なニュアンスの聴きもの。こんな絶妙な美しさを他度したフレージングは他では望めません。中間部のスルックナーを予感させる敬虔な佇まいにもご注目。コシがしっかり入った第3楽章のリズム感も見事。VPOの特性も手伝って、この3拍子リズムがしなやかに躍動し続けます。そして、中間部へ全く間を空けずにスルッち」滑り込む絶妙さ!終楽章も絶品!単に軽妙に流すしか手立てのない指揮者が多い中で、微かな強弱の振幅がフレーズ全体に命を吹き込きこんでおり、VPOの精妙なアンサンブルにも息をのみます。憧れを胸に秘めた第2主題も胸に染みます。よく晩年のシューリヒトは精彩を欠く、などと言われますが、この演奏はその噂が全く的を得ていないことを証明しています。ましてや、続くブラームスを聴いたなら、誰もがそんなことは絶対にありえないと確信することでしょう。ブラームスの4番は、古い様式への回帰を念頭に置くあまり、変に窮屈な演奏に堕してしまうこともありますが、このでのシューリヒトは有名なスタジオ録音の名演以上のロマンティックな情感を吐露し、シューリヒト持ち前の秘技をふんだんに駆使した恐るべき名演です。第1楽章冒頭の繊細を極めたロマンの香気からショッキング!バーンスタインのようにむせ返るような匂いではなく、ほのかに、しかし確かに深いニュアンスを伝えているのです。第2主題の深々のした歌、ホルンの絶妙なバックアップも流石。展開部7:30からの弱音による彼岸の風情はには思わず手を合わせたくなるほど。終結の11:44で突如テンポをギアチェンジして低速に転じ、圧倒的な格調美を確立している点も感動を煽ります。第2楽章、冒頭のホルンと木管のユニゾンが、これほど支援に響いたことがかつてあったでしょうか!続くクラリネットの息の長いフレーズは、単なる孤独とも違う枯淡の味わい。第2主題が回帰するシーンは、VPOの豊穣な弦の響きが最高に功を奏し、独特の音の厚みと威厳を醸成しています。第3楽章は、決してリズムが浮き足立たず、荘厳の極み。雄渾のティンパニが突出せずに全体と融合し、強烈なトゥッティを築いている点も印象的。終楽章は、もう言葉にならない高みを極めた超名演!内面から灼熱の炎をたぎらせ、各変奏ごとの入念の描き分けも比類なし。6:37では、なんと10秒以上もたっぷり余韻を保ってからトゥッティに突入するという神技が!シューリヒトといえどもこれに匹敵するニュアンスは二度と再現できなかったのではないでしょうか?コーダはほとんどインテンポながら、音の芯の熱さは極限に達し、圧倒的な凝縮力を見せて締めくくります。この演奏会は、シューリヒトとVPOによる最後の演奏会の一つですが、両者が心から尊敬し合い、またその気持ちが尋常でなかったことを示したという点でも、これ以上の演奏はないと思われます。 | |||
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交響曲第5番、交響曲第8番「未完成」、「魔法の竪琴」序曲 | ||
| トン・コープマン(指)オランダ放送CO | デジタル録音 | ||
| ワーナーWPCS-11110 | “聴き手の心も体も揺さぶる、コープマンだけのダイナミズム!” | ||
| あの夢のようなモーツァルトを聴かせてくれたコープマンが、ここでも「私以上に音楽を愛する者はいない!」とばかりに、表情一杯の目の覚めるような演奏を繰り広げ、幸せな気分にさせてくれます。「第5番」は、単に軽やかなのではなく、強弱の変化が呼吸の振幅と完全一体化!これ以上にハジけた演奏は、なかなかありません。「未完成」も1小節たりとも、同じ表情がありません!切なさの限りを尽くしながら、希望の光もそっと差し込んでくれる…、そン名演奏が実現したのです。「序曲」は、序奏の神秘性に息を呑み、主部に入ってからは、弦の柔らかな表情が絶妙です。なお、使用楽器は通常の現代楽器で、古楽奏法を取り入れています。 | |||
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交響曲第8番「未完成」、第9番「グレート」 | ||
| サー・ジョン・プリッチャード(指)LPO | 1975年 ステレオ録音 | ||
| EMI 5748852[cfp] |
“渋みの極み!手作り工芸品を思わせるこの風合い!!” | ||
| 昔ながらの手法で丹念に仕上げた工芸品を思わせる風情がたまりません!「未完成」第1楽章の序奏の一見素っ気ない導入にも懐の深さを感じさせ、第1主題のオーボエ、第2主題を導くホルンも、木目調の感触を湛えながらしっとりと胸に迫ります。テンポはほとんど揺らさずニヒルそのものですが、第2楽章第2主題の木管と弦の織り成す不思議な幻影など、知性で凝り固まった演奏とは明らかに一線を画す奥深さす。全曲が静かに幕を閉じてからの余韻にも、またこの響きに身を委ねたいという気にさせる不思議な求心力があるのです。ティンパニが控え目に独自の改定を行っているのも特徴で、そのセンスがまた絶妙!「グレート」は、あのボールトの名演のわずか3年後の演奏ですが、これがまたボールト盤がピカピカの現代的サウンドに思えてくるほど、徹底的に渋い演奏!第1楽章(提示部リピートを慣行)ではヴァイオリン両翼配置の音色ブレンド感が先ず耳を捉えます。場面転換の切り替えも鮮やかさからは程遠く、コーダの「畳み掛け」を排した進行も不器用そのものですが、根底に繊細な共感が息づいているのを感じずにはいられません。第2楽章冒頭のリズムの軽やかさは意外ですが、それによって醸し出される晴れやかな音像が印象的。終楽章は、ドイツ風のどっしりとした響きではなく、シューリヒトのスタイルをもっと素朴にしたような感触。音圧で圧倒せず、コーダに至るまで室内楽的なテクスチュアで颯爽と直進し続けますが、それでも不思議と「滲み出るもの」があるのです。2曲とも、演奏側から積極的に迫ってくる演奏ではありませんが、曲のの風情をじっくりと味わいたい時に、これほど体に染み入る演奏もないと思います。 | |||
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交響曲第8番「未完成」、第9番「グレート」 | ||
| シャルル・ミュンシュ(指)ボストンSO | 1955年、1958年 ステレオ録音 | ||
| BMG BVCC-7906 廃盤 |
“暴れん坊ミュンシュの意外な一面!『未完成』での繊細な詩情!!” | ||
| ↓ 88697-046032 (1SACD) |
「未完成」は、いつものミュンシュの直情一直線型の演奏を想像しがちですが、これが大違い!あのワルターの名演を更に柔らかな感触で包み、穏やかなテンポでしっとりと歌い上げたような、にわかに信じ難い演奏です。第1楽章は第1主題の木管の切なさ、第2主題を奏でるチェロの優しく微笑みを浮かべた風情は、ミュンシュをただの暴走指揮者だと思っている人には、あまりに衝撃的なことでしょう。一方「グレート」は、誰もが予想するとおりの猛進ぶり!縦割りリズムの強靭さは終始貫かれ、熱いパッションは止まるところを知らず、強固な造型が飽和するまで感動を押し広げています。終楽章のティンパニとトランペットのアクセントは、まさに血の噴出! | ||
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交響曲第8番「未完成」、「楽興の時」第3番、アヴェ・マリア、他 | ||
| ベンジャミン・ブリテン(指)ECO、カーゾン(P)、L.プライス(S)、他 | 1970年 ステレオ録音 | ||
| DECCA 4364072 |
“高潔な精神が美しい造型に彩られて飛翔する、完成された「未完成」!” | ||
| これを聴くと、第1楽章も第2楽章も同じように緩徐楽章のように演奏してしまう演奏のいかに多いことか、改めて思い知らされます。有名なワルターの名盤もそうですが、アレグロとアンダンテの差を明確にしながら全体に一貫した流れを築き、しかも音楽的な感銘を与える演奏となると実に稀です。この演奏もその意味で、忘れられてはならない名演奏です。第1楽章の序奏は意外なほど淡白に囁く程度で、主部に入っても、ホルン・ソロが登場するまで、第1主題を一気呵成ともいえるほどに直進させますが、もちろん捻じ伏せる印象はなく、一陣の風のような風情を醸します。これが、優しくも毅然とした第2主題(このフレージングのこだわりも注目!)と美しいコントラストを成すのです。コーダの入念極まりない呼吸の妙も感動的。第2楽章は、ブリテンにして初めて可能な至純のアンダンテ!クラリネット=オーボエ・・ソロの黄昏の美しさも心の染みます。モーツァルトと共に心を打つ、ブリテンが遺してくれたかけがえのない遺産です。なお、このCDは、クナの「軍隊行進曲」などを含む11曲を収めた、いわゆるシューベルトの入門CDですが、全て演奏が一級品なので、その点でもおススメです。 | |||
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交響曲第8番ロ短調「未完成」 +J.シュトラウス:エジプト行進曲、千夜一夜物語、ウィーンの森の物語、 ピチカート・ポルカ、アンネン・ポルカ、南国のばら、ランナー:シェーンブルン円舞曲、コムツァーク:バーデン娘 |
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| クナッパーツブッシュ(指)バイエルン国立歌劇場o | 1955年〜1958年 モノラル・ライヴ録音 | ||
| ORFEO ORFEOR-426981 |
“クナが珍しく感情むき出し!強暴な迫力が漲る『未完成』!!” | ||
| 「未完成」は、大地を舐め回すような異様な重量感で巨大な造型を築くのがいかにもクナ節で圧倒しますが、やがてトゥッティ目掛けていきなり隠していた爆弾を投げつけたようなド迫力を見せ付けるのですから、最後まで気を緩めるわけには行きません。比較的速めのテンポを基調としているのもクナには珍しく、息もつかせず次のフレーズになだれ込む凄味には、シューベルトから連想するナイーブさの入る余地などありませんが、その根底に流れる深く大きな歌心を聴き逃すわけにはいきません。一方の小品集も、超弩級の逸品ぞろい!続けて聴くと、大シンフォニーをたっぷり味わったのと同じ感動で満たされます。クナの十八番で、誰もその後怖くて録音できない「バーデン娘」は、明らかにスタジオ録音を上回る出来ばえで、腹の底から噴出する壮麗なスケールと、眩い色彩、怒涛のフレージングは、何度聴いても脳天にダイレクトに響きます。「エジプト行進曲」は、コーダが欠落した劣悪エアチェック音源によるCDも出ていましたが、これはもちろん完全版。ここでも是非腰を抜かしていただきましょう!音質も良好。 | |||
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交響曲第9番「グレート」 | ||
| チャールズ・マッケラス(指)フィルハーモニアO | 録音:2006年6月10日、 クィーン・エリザベス・ホールでのライヴ |
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| Signum Classics SIGCD-133 |
“再録音でまたもや心境地!マッケラスの飽くなき表現意欲!” | ||
| このCD、うっかりして指揮者の名前も確認せずにプレーヤーで再生し始めたところ、なにやら古風なニュアンスが…。第1楽章冒頭ホルンも弦もノン・ヴィブラートで速めのテンポ。ヴァイオリンは両翼配置と、ピリオド・アプローチを基調としていることを窺わせ、主部へはそのテンポのまま自然に突入。かなり知的バランスの取れた指揮者である事に気づきますが、刺々しさは一切なく、音の重心が低くどっしりと据わり、ダイナミズムの振幅、アゴーギクの揺れ具合は一時代前の巨匠風。今どきこんな演奏をする人は誰だろうと考えつつ、音楽の求心力が極めて高いので、演奏を途中で切り上げられず、最後まで聴き通す羽目に。第2楽章は金管の抉り出しがかなり強烈。音楽全体の密度も濃く、特にコーダ、12:30以降の呼吸の切り替えの素晴らしさにどっと鳥肌が!ニュアンスの余韻を残しつつ、音の硬軟を自在に取り込むこんな技が可能な指揮者って…。名前を確認したい気持ちを抑えて第3楽章へ。リズムは小ざっぱりとして、声部バランスも完璧。しかし音楽から立ち上がるニュアンスは粗野な農民風。特に後打ちリズムに強靭なコシがあるので弾力性も抜群。さらに驚くのは中間部!素朴な牧歌どころか、音楽的な主張がこんなにリアルに現出する演奏はかつて経験したことがありません。しかも音楽の中身が熱い!終楽章は速めのテンポで颯爽と進行。ハーモニーはどこを取っても美しく整理されていますが、やはり音楽自体は綺麗事では済みません。これはマッケラスに違いない!と確信するのはコーダ。声部の絡みが混沌としがちなこの部分でこれほど見通しの良いテクスチュアと破綻の全くないダイナミックな畳みかけを敢行するとは、まさに向かうところ敵なし!なお、最後の一音はディミニュエンドをせずに豪放なティンパニの一撃とともに圧倒的な力感をもって締めくくられます。前回の録音との聴き比べも一興。 ハイペリオンからリリースされている「ベートーヴェンの交響曲全集」でもそうでしたが、この曲を振るために指揮者になったのでは?と感じさせる共感の熱さと驚異的なバランス感覚に、ここでも圧倒されっぱなしです。 |
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交響曲第9番ハ長調「グレート」、交響曲第3番ニ長調 | ||
| ブルーノ・マデルナ(指)バイエルン放送SO、ハーグ・レジデンティO | 1971年4月22日(第9番)、 1967年10月18日(第3番)共にステレオ録音 |
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| ARKADIA CDMAD-012 |
“時代先取り!楽譜を徹底凝視したマデルナの超辛口シューベルト!” | ||
| マデルナは1920年生まれのイタリアの作曲家、指揮者。シェルヘンに指揮を学び、現代音楽の旗手として名を馳せましたが、録音が少なく、このような有名曲の録音は、彼の音楽的志向を知る上でも貴重です。で、このシューベルト、とにかく驚きの連続!'70年代の「グレート」の演奏といえば、ベームのような素朴路線が主流だった中、このスピード感とシューベルトの柔和なイメージに流されない決然とした進行はまさに異端!古今を通じてもスコア指示への洞察と冷酷なまでのイン・テンポで一貫した演奏は例を見ません。特に第1楽章の異常な速さは今でもダントツではないでしょか。ホルンの序奏の小気味よい足取りから仰天!この分だとこのテンポのまま主部になだれ込むと思いきや、更にテンポアップしてひたすら進軍。しかも提示部リピートを敢行し、コーダもそのままスパッと終わる痛快さ!第2楽章も本来のアンダンテの意味以上に快速。しかも、抑えきれない共感の熱さでフレーズがむせ返っているからたまりません。終楽章は、第1楽章の超快速ぶりからすると普通に聴こえますが、各声部の統制が完全に行き届き、オケの機能性と相俟って核心となるパートの表出が自然になされているのに驚かされます。シューベルトの自筆譜はアクセント記号とディミニュエンド記号の区別が曖昧なのは有名ですが、ここでは最後の音はアクセントではなくディミニュエンドと解釈。こうすると感覚的に奇異に聴こえる場合が多いのですが、ここでは実に自然に聴こえるのが不思議。第3番も皮相な雰囲気作りには背を向け、常に問題提起し続ける冒険的名演。ハンス・ツェンダー(ヘンスラー盤)と同じような路線とでも言いましょうか、音の凝縮力が尋常ではありません。なお、2曲とも放送音源と思われ、見事なステレオ録音であるのも嬉しい限りです。 | |||
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交響曲第9番ハ長調「グレート」、フランツ・シュミット:軽騎兵の歌による変奏曲 | ||
| ハンス・クナッパーツブッシュ(指)VPO | 1957年10月27日 モノラル・ライヴ | ||
| Altus ALT-084 |
“クナの最高のコンディションを示す、常軌を逸した構築美!” | ||
| 以前DGから発売されていたものと同一。「グレート」は、拍手が鳴り止まぬうちにとっとと開始するのがいかにもクナ流。序奏部は意外なほど快適なテンポで進みますが、音圧とカロリー価とは満点。終楽章に移るとワグナー風のアクを含む粘り越しのフレージングで一貫。第2主題に入る前の金管の走句をいちいちクレッシェンドして独特のうねりを醸し出す妙味、再現部直前の低弦の怪物的な呻きにも戦慄を禁じ得ません。コーダの超低速ルバートもクナのみに許される至芸。第2楽章は、冒頭のオーボエからリズムの立ち上がりが生命感満点で、弦のとてつもない陰影の濃さと一体となっての説得力は、緩徐楽章の概念を完全に突き破っています。後半の大激高の威力と、その直後のVPO特有の甘美な弦のピチカートのコントラストの意味深さにも唖然。第3楽章も生易しいスケルツォでは収まらず、巨大な牛車を牽引するような重量級の音圧が、トリオも含めて一貫して聴き手に襲い掛かります。終楽章は13分を超える超低速の必然性を思い知らされる、破格の内容量!冒頭の破壊的な金管の咆哮に先ず度肝を抜かれ、極度に重心の低い弦の響きが超低速で表われますが、その後も快速テンポに転ずることなくそのテンポで通すのですから、恐れ入ります。弱拍の金管を生々しく突出させるなどの裏技も含めて、このテンポでリズムが灼熱の沸きかえりを見せるのも、クナの並外れた感性の賜物です。コーダの弦のユニゾン部分でさらにテンポを落とし、ただでさえ異常なスケール感がさらに倍層!聴後は、厳粛な宗教儀式に参加した後のような、不思議な充実感で満たされます。音質も聴きやすい良好なもの。各変奏で生々しいドラマを盛り込んだF.シュミットもとても気楽に聴ける代物ではありません! | |||
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交響曲第9番「グレート」、ヴェルディ:「シチリア島の夕べの祈り」「運命の力」序曲、ワーグナー:「リエンチ」序曲 | ||
| レオ・ブレッヒ(指)ベルリンRIAS響 | 1951年、1952年 モノラル・ライヴ録音 | ||
| ARKADIA CDGI-715 |
“優美なロマンと激情が交錯する、個性的なアプローチ!” | ||
| クライスラーの伴奏指揮で有名なブレッヒの芸術性を知る貴重なCD。序奏の優雅なロマンの香り、超スローテンポによるしっとりとしたフレージングから心をつかんで離しません。主部への突入もほんの少しテンポを加速するだけで、スローテンポをそのまま引継ぐのですが、驚きはその後!提示部後半に差し掛かるとどんどん加速し、展開部に入るとまた悠然としたテンポに戻し、またもや後半で加速する…というように、音楽が高揚するたびに加速を伴うというユニークな展開に手に汗握ります。しかもコーダでは、金管が主題を高らかに斉奏するあたりから、今までのどの箇所よりも凄い粘着度でその主題を印象付け、圧倒的な風格を見せ付けるのです。第2楽章の濃厚なロマンも印象的。後半の高潮点に向かう際にも、またしても大加速が出現。その後の弦のピチカートは、魚が跳ねるような瑞々しさ!締めくくりの悲哀も涙を誘います。終楽章の冒頭は、この時代の指揮者に多い、フルヴェン的な粘り越しで開始しますが、全体に極端なテンポはとらず、安定した構築の中で男性的な推進を見せます。コーダの最後の一音をクレッシェンドするのは驚愕!これを聴く限り、ブレッヒは決して器用な人ではなかったようですが、感じたありのままを再現するその姿勢に打たれます。 | |||
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交響曲第9番「グレート」* +ケルビーニ:「アナクレオン」序曲、コルネリウス:「バグダッドの理髪師」序曲 | ||
| サー・エードリアン・ボールト(指)RPO* 、BBC響 | 1969年(シューベルト)、1963年(ケルビーニ)、 1954年(コルネリウス)、ライヴ録音(シューベルトのみステレオ) |
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| BBC LEGENDS BBCL-4072 |
“ボールトの知られざる激情を体感できる貴重なライヴ!” | ||
| 「グレート」は聴後に放心状態に陥ること必至!冒頭の安定し切ったホルンの佇まい、悲しみに暮れた弦…と早速心をとらえ、主部に入ると彫琢し尽くした圧倒的音像を構築。第2楽章も安易な感傷とは無縁で、「神の音楽」と呼ぶ他ない威容を湛えています。終楽章に至っては老紳士の衣から遂に脱却!金管、打楽器を根底から轟かせて内燃エネルギーの限りを尽くし、完璧なフォルムで極限に達するという至芸を見せつけるのですから、これが落ち着いて居られましょうか!Vn両翼配置による音色のブレンド感も絶妙! | |||
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交響曲第9番「グレート」、ストラヴィンスキー:バレエ音楽「春の祭典」 | ||
| ズビン・メータ(指)VPO | 1985年 ステレオ・ライヴ録音 | ||
| ORFEO ORFEOR- 566012(2CD) |
“ウィーン・フィルの味を蘇生させたメータ快挙!” | ||
| ウィーン・フィルと相性の良い指揮者の一人、メータの味わい深い名演です。「グレート」は、ベームに代表されるようなオーソドックスなスタイルを貫き、驚くような細工も一切ありませんが、重心の低さ、剛直な音の芯、柔和な音色など、VPOだけの持ち味に溢れ、聴後しばらく余韻が消えないほどの味わいを残します。どんな指揮者が振ってもウィーン・フィルはウィーン・フィルに変わりないですが、'60年代までの音色とは明らかに違うということは、よく言われることです。しかしこれを聴くとVPOは決して変わりきってしまったのではなく、その独特の音色に潜むコクと深みまで引き出し得る指揮者がいなかっただけだと思えてなりません。メータについても、あのロス・フィル時代の生気がすっかりなくなってしまったという言われ方をされますが、それがいかに一面的な印象でしかないか、この演奏で実証されます。本当にいい演奏を聴いたというこの味わいは、何物にも代えがたい魅力です。「ハルサイ」は、ライヴでこそ燃えるメータの表現意欲が全開です。特に第1部の“春のロンド”の超低速で大地を嘗め回すような妖艶さには、言葉を失います! | |||
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交響曲第9番ハ長調「グレート」、交響曲第8番「未完成」 | ||
| サー・チャールズ・マッケラス(指)スコットランドCO | 1998年 デジタル録音 | ||
| Telarc CD-80502 |
“全声部を解きほぐし、壮大に再構築した目の覚めるシューベルト!” | ||
| 金管を中心に古楽器を使用している分、総奏でのフォルテの威力は絶大!しかも弱音はとろける様なまろやかさ!そこへマッケラスの、音符の裏側の意味まで感じ取る力と比類なき和声バランスが加わり、男性的で瑞々しいシューベルト像を打ち立てています。最大の注目は「グレート」の最後のアクセント記号の処理。シューベルトは悪筆だったため、横に長く伸びた“逆くの字”が、アクセントなのかディミニュエンドなのか判別しにくいことで有名ですが、さんざん盛り上がった挙句に消え入るように終わる手法をとった場合(テンシュテットなど)、どうしても不自然に聴こえてしまうのは否めません。そこをマッケラスはどう処理するか?何と「大きなアクセント」として響かせているのですから仰天です!もちろん感覚的にそう感じただけで、専門的な考察によるものではありませんが、そのように感じて、思いを巡らすこと自体、楽しいことではありませんか。(おそらく、最新のベーレンライター版を採用していると思われますが、ライナーにその辺の真意が書かれている可能性が書かれている可能性もあります。)「未完成」も聴き慣れた曲とは思えぬ衝撃の連続で、特に第1楽章展開部の入りの低弦のトレモロの響きに注目ください! | |||
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交響曲第9番ハ長調「グレート」 +ブラームス:大学祝典序曲、アルト・ラプソディ | ||
| サー・エードリアン・ボールト(指)LPO、J.ベーカー(Ms)、ジョン・オールティーズcho | 1972年、1970年 ステレオ録音 | ||
| EMI 5627922[EM] |
“artリマスタリングで蘇ったボールト最晩年の至宝!” | ||
| 廉価復刻されたブラームス交響曲全集によってやっと真価が知られるようになった感のあるボールトですが、それ以上に超名演と絶叫せずにいられないのがこの「グレート」。日本では故・三浦淳史氏以外にこの演奏の偉大さを語った人がほとんどいませんが、この彫琢の限りを尽くした造形、微かに黄昏た歌のニュアンス、高潔な推進力を目の当たりにしてどうして無感動で居られましょうか!素朴でありながら神々しさを孕んだ第1楽章冒頭ホルンはそのまま弦に受け継がれ、早くも至高のニュアンスを現出。侘び寂にも似た空気に身を委ねているうちに、議論の的となる主部突入に差し掛かりますが、次第に加速してアレグロへ雪崩れ込む慣例は取らず、直前で急激にアレグロへ転換。それが分析的にならずに自然な佇まいを保持しているのは正に老練の技としか言いようがありません。ティンパニのエネルギー増減を伴う呼吸の大きなうねりにも心揺さぶられます。第2、第3楽章では透明度の高い音像表出と、曲そのものに語らせる究極の奥儀を徹底的に思い知らされます。特に、ヴァイオリン両翼配置による音色のブレンド感、すっきりと音が立ち上がる木管のハーモニーや、小さなつなぎのフレーズにもセンスが光るティンパニは絶対注目!しかし、なんと言っても圧巻は終楽章!80歳を超えた老紳士とは思えぬ快速ぶりだけでも手に汗握る上に、更に信じ難いティンパニの激烈な強打が追い討ちをかけるのです!まず再現部冒頭で痛烈な一撃。その先の8'59"、10'21"でもはっきりと山場を築いて、渾身の力感を誇示。それでも粗野に流れる箇所など皆無で、改めて全4楽章が格調高く調和していることに気付かされ、更なる感動に包まれるのです。なお、このCDは'80年代後半に一度CD化されて以来の復活で、以前はLPと比較して曇り気味だった音の輪郭がartリマスタリングによってクリアになり、臨場感がグッと増しているのも嬉しい限りです。 | |||
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