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交響曲T〜チャイコフスキー



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チャイコフスキー/TCHAIKOVSKY
交響曲全集(交響曲第1番〜第6番「悲愴」、マンフレッド交響曲)*
+序曲「1812年」#、「ロメオとジュリエット」*、弦楽セレナード#、フランチェスカ・ダ・リミニ**、白鳥の湖(8曲)##
リッカルド・ムーティ(指)フィルハーモニアO*、フィラデルフィアO 1975-81年*、1981年#、1991年**、
1984年##、全てステレオ録音(EMI原盤)
BRILLIANT
BRL-99792
(7CD)
“ムーティの才気とダイナミズムが満遍なく反映された希少な全集!”
チャイコフスキーの交響曲全集は、全てが一貫して素晴らしいものがなかなか見当たりませんが、ムーティの演奏は全てが高水準。中でも、「第2番」、「第3番」、「マンフレッド」におけるオケの掌握ぶり、容赦ないダイナミズムは、セッション録音の冷たさなど微塵も感じさせない濃密で熱い演奏で、ムーティの交響曲録音の最高峰と言わずにはいられません!キングスウェイ・ホールで録音された「第5番」と「マンフレッド」以外は全てアビーロード・スタジオで収録されていますが、これらは全てティンパニが克明に捉えられているのがまず特徴的。それが恣意的なものでなく、確信に満ちた表現の結果として迫るので説得力が絶大。
1978年録音の「第2番」は、第1楽章冒頭の一撃からして実に強靭。ホルンから始まる序奏主題が哀愁一辺倒ではなく、明確な意思でメリハリをつけながら進行する様も見事。展開部の熾烈なヴォルテージの高まりは早くも手に汗握らせるものがあり、6:03のティンパニはこれ以上考えられない激烈な強打!その後もティンパニは激高の限りを尽すのです。第2楽章は軽妙な足取りながら、音楽が軽くなることはなく、中間部も情に溺れることないインテンポの進行が実に清々しいのです。終楽章は、これまた冒頭でティンパニが大健闘!第2主題が終わった後の加速の凄みはまさにトスカニーニばりの緊張感を極限まで高めて唖然とするばかり。銅鑼が打ち鳴らされた後の興奮も凄まじく、最後のティンパニはスピーカーを破壊しかねない激しさ!
1977年録音の「第3番」もこの曲の地味な印象を払拭するに十分過ぎる名演奏。ロシア指揮者以外で、これほど終始緊張を持続させてドラマチックに描ききった指揮者がいるでしょうか?やたらと休符が多いせいか間延びする演奏が多い第1楽章は、長い序奏部から来るべきドラマの予兆を孕み、夜露を思わせる色彩も印象的。主部の突入の仕方は、それまでの流れをばっさり断ち切るような突進力を発揮。こんなに音楽が沸き立っては、しっとりとした第2主題へどうやって繋げるかと思うと、これがセンスの塊としか言いようなの意見事な移行!その第2主題後の疾走の鮮やかさと力感の高め方は、ムーティの最良の資質を出し切った箇所として忘れられません。オケの鉄壁なアンサンブルにもご注目。終楽章は冒頭から弦楽器群が縦の線を異様なまでに完璧に揃えながら突進を続ける様に鳥肌!第1エピソード(1:29移行)を管楽器が奏でている最中も弦が決死の覚悟でそれを支え、緊張感は更に高まります。そして驚異のコーダ!まさにこの曲の極めつけの名演です。
極めつけといえば「マンフレッド」も同様。全集の中で最後に録音されたものですが、当然録音も最も良い(あらゆる録音の中でトップクラス)という利点もありますが、ムーティのこの曲に掛ける意気込みは尋常ではありません。ヴェルディのオペラの名演を繰り広げるあのムーティがここには存在し、まさに歌のないオペラ。バイロンの詩に対しても表現意欲を極限まで高められたことは想像に難くありません。チャイコフスキーの管弦楽法の魅力をたっぷり堪能できる一方で、それ以上に心に食い入ってくる演奏がほとんどないという現実の中で、この録音の意義はあまりにも大きいことは、どこを取り出しきってきても明らか。例えば第2楽章。スケルツォ的なこの楽章にこれほど身を投じきった指揮者はロシアにもいないのではないかと思えるほどです。終楽章は意外なほどリズムの重心を低く保ち、大伽藍の音像を打ち立てますが、それだけなら他にもそういう演奏はあります。しかし、命がいくらあっても足りないほどのこの没入の激しさ、オケの全パートに血を吐く寸前まで要求を徹底したダイナミズムと説得力は、他では味わえないのです。今後この曲を披露しようとする指揮者は、まずはこれを聴いてから自分も指揮すべきか判断してもらいたいものです。

交響曲第1番、交響曲第2番
ヘルベルト・ブロムシュテット、デイヴィッド・ジンマン(指)南西ドイツ放送SO  録音年不詳 ステレオ録音
ALLEGRIA
201031[AL]
“チャイコ嫌いの方にもおススメ!堅固な構築から放たれるロマン!!”
オケの特性から言って、きらびやかな色彩は望むべくもありませんが、その分この二人の指揮者の誠実な音楽作りがストレートに反映され、確実な手応えを与えてくれます。ブロムシュテットの「第1番」は、かつてN響を振った感動的な「第4番」もそうだったように、民族色を排し、スコアをリアルに鳴らすことに徹しながら、凝縮力の強い音楽を展開。第1楽章の頑丈な構築性は、ブラームスを聴いているような錯覚に陥るほどで、第2楽章も際立った特徴は見当たらないのに、なぜかそこに身を委ねていたくなる確実な安定感があるのです。終楽章は楽想自体が民族色濃厚なので、特別な味付けなど施さずにシンフォニックな厚みのある響きを堅実に引き出せば、十分堪能できる曲であることを痛感させられます。それ以上に素晴らしいのが「第2番」!これはロシア勢以外の演奏としては、間違いなくトップクラスの見事な演奏です。こちらも堅実な演奏ではありますが、第1番よりも録音が新しく感じられ、音像がよりリアルに迫ることもあって、音色もフレージングも、積極的に訴えかける豊かな表情が漲っています。テンポの設定、強弱対比にも見事なメリハリが効いており、第1楽章の4:48以降で弦から木管楽器に旋律を受け渡す際、弦をサッと弱める効果は、職人技の極み!第2楽章や第3楽章中間部も、センス満点!ロスバウトやブールなどの薫陶を受けたこのオケが、これほどチャーミングな表情を出した演奏も珍しいのではないでしょうか?終楽章では改めてオケの抜群の巧さに舌を巻き、中低域に重心をしっかりと置いた豊穣な響きもたまりません!コーダのあの賑々しさに辟易するという方も、この見事に統制がとれた力感には、納得せざるを得ないでしょう。

交響曲第1番、幻想序曲「ロメオとジュリエット」
アンドレイ・アニハノフ(指)サンクト・ペテルブルク国立SO 1992年〜1993年 ステレオ録音
Audiophile
APC-101028
“1965年生まれとは思えぬ巨匠的造型力に驚愕!”
2曲とも、力任せに飛ばすことなく、一音ごとにじっくり熟成する入念さ、大音量時の音の聳え立ち方、弱音のリリシズムなど、どれをとっても巨匠級の安定感を持って迫るのは、とても録音当時20代の青年の技とは信じられません。音楽がどんなに沸き立っても最後まで腰が浮くことなく、前に進むのをためらうような不安の空気で覆われているのも特徴的です。第1楽章は音色とフレージングの趣味の良さにまず惹かれます。オーボエの第1主題はもっと哀愁たっぷりに吹くことも可能でしょうし、再現部に入る前の沈静もより物々しくすることも可能でしょうが、無理のない佇まいの中に一貫した緊張湛えています。第2楽章もテーマを吹くオーボエがローカル色と洗練を見事にミックスしたような風情を醸し、そこにフルートが加わると一層チャーミングに音楽が囁きかけます。第3楽章はスケルツォといっても決して軽々しく飛び跳ねず、落ち着いたテンポ自体が意味深さを感じさせ、テンポ設定自体が深く、気品の香る中間部も印象的。終楽章のテーマがヴァイオリンで奏でられる(1:08)の息を潜めた暗い情感にご注目を。主部にはいつ直前で急にリタルダンドして、どこでテンポを立て直すかと思うと、ほんの少しだけ速めるだけで、そのままの低速を維持していくのにはびっくりです。しかもすごい風格!更に驚くのはそのあと!何と木管が第2主題を呼応し合うシーンがすっぽり割愛されているのです。コーダの満を持してのスケール感は壮麗の極み!ちなみにこのカットがあるにもかかわらず、バティス&メキシコ響より演奏時間が長いです!「ロメ・ジュリ」はより直裁な表現ですが、肝心のところでバス・ドラムを強打するなど、堂に入ったニュアンスが溢れる快演。

交響曲第1番、第4番
エンリケ・バティス(指)メキシコ州立SO 1997年 デジタル録音
メキシコ州立響
752434-18069
“常人では思いも寄らない第1番・終楽章の大仕掛け!”
交響曲全集からの分売。驚天動地とは、まさにこのこと!6曲の交響曲中最も端正なフォームで演奏されることの多い「第1番」ですが、バティスはそんなことはお構いなし!全ての音が火傷しそうなくらい熱く、このままでは終楽章ではどうなることかと思うとこれが大変!序奏から主部への移行時、加速開始箇所が通常より早い上に、そこから更に加速を掛け、遂に空中分解寸前まで激烈な高速に転じるのです!心臓の悪い方は、ちょっとご用心ください。これはまさに気心の知れたオケだからこそ指示できた技かもしれません。コーダの築き方も痛快で、最後の最後で更にアッチェレランドで興奮を煽る徹底ぶり!表現意欲が全開なのは、もちろん終楽章だけではありません。第1楽章の冒頭からやる気満々!骨太なタッチで一気呵成に突き進みますが、木管の細かいパッセージや、ちょっとしたピチカートにも魂を感じさせます。第2楽章も表面的な繊細さとは無縁。豊かな呼吸を湛えながら、一途な歌心をしっかりと紡ぎ出し、ここぞという箇所のピアニッシモも心に染みます。民謡風旋律を奏でるオーボエをはじめ、各セクションの巧さも特筆もの。この曲の凝縮力の高い名演として、長く語り継がれて欲しいものです。一方「第4番」も、予想通り理屈を並べる隙を与えないド迫力!聴く側も相当体調が良くないと聴き通せないほどの大音量のシャワーです!しかも全楽章快速。終楽章に至っては演奏時間8分を切ります!特に弦楽セクションは、大敢闘賞もの!多少の迫力では痛くも痒くもないという方、これでどうですか?!

交響曲第1番〜第6番、スラブ行進曲、フランチェスカ・ダ・リミニ、ロメオとジュリエット、「エウゲニ・オネーギン」〜ワルツ、ポロネーズ、ボロディン:「イーゴリ公」序曲、アレンスキー:チャイコフスキーの主題による変奏曲
アンタル・ドラティ(指)LSO、他  ステレオ録音
Mercury
4756261(5CD)
“怖いほどの豪快さで迫るドラティのチャイコ!”
3曲とも心を捉えますが、中でも凄いのが「第1番」!第1楽章から猛進するテンポに乗せて感情を露骨に爆発させ、しかもアンサンブルは破綻なし!第2楽章は自ら感傷に浸らず、聴き手にストレートに訴え掛ける凛とした表情がかえって涙を誘います。終楽章は序奏から表情が息を呑む入念さで、主部に入っても全く気が抜けないほどフレージングが熱く克明。展開部直前の沈静した空気にも戦慄を覚え、コーダの風格と壮麗さに至っては、マルケビッチと双璧!「第2番」の終楽章の強靭な迫力、軽視されがちな「第3番」での逞しい力感に溢れる構築美も驚異的といって過言ではありません!録音がまた、その音楽に相応しい鮮烈さです。

交響曲第2番、第6番「悲愴」*、ロメオとジュリエット#、フランチェスカ・ダ・リミニ#
カルロ・マリア・ジュリーニ(指)フィルハーモニアO 1956年、1959年*、1962年#  全てステレオ録音
EMI
5865312(2CD)
“狂乱のジュリーニ!”
この「第2番」は、ジュリーニのスタジオ録音の中でもアグレッシブな意欲に溢れた熱演!まだ重厚壮大モードに入る前の演奏といえ、この激情の煽り方は、同曲の過去の盤歴の中でもダントツです!第1楽章一発目のテゥッティの鋭利な叩きつけから異常テンション!すぐにD・ブレインと思しき完璧なホルン・ソロが泣かせますが、主部に入ると土臭さ全開で、リズムを徹底的にいきり立たせ、熱い凝縮を極めた音の塊が襲い続けます。オペラで充分培った俊敏な呼吸とフレーズの振幅の自在さにも驚きを禁じ得ません。第2楽章は冒頭の静かなティンパニのリズム打ちが何と良く見通しよく響くこと!行進曲風リズムが次第に熱を帯び、後半の勇壮な響きに至るまでの過程でも揺るぎない緊張が満ちています。第3楽章のチェロのフレーズ(1:01〜)の最後の一音に鮮烈なアクセントが施されていますが、これが一層推進力を助長。今生まれたての生命体を思わせる瑞々しいテクチュアも魅力。そして終楽章で遂にパワー全開!優しげな第2主題に入る前までに、既に音楽は高揚しきっていますが、第2主題が過ぎ去った後、展開部の凶暴なまでの迫力は、後年のノーブルなジュリーニとは全く別人。オケも決死の形相で弾き切っている様子が目に浮かびますが、終結部では、更に高速テンポで白熱の度を強め、一気呵成に喜びを大放出して締めくくるのです。毎度のことながら、この時期のフィルハーモニアの巧さは空前絶後。ステレオ最初期の録音ですが、この肉感的で熱い音の塊の芯まで見事に捉えた録音状態も効を奏して、感動も倍増です!なお、終楽章に2箇所ほどカットがあります。

交響曲第4番、ブラームス:交響曲第1番*
カール・シューリヒト(指)シュトゥットガルトRSO、スイス・ロマンドO* 1953年12月28日
1954年11月26日* モノラル録音
Archipel
ARPCD-0240
“'50年代中期の意欲全開の名演を併せた最強カップリオング!”
なんとも贅沢なカップリング!「チャイ4」はArchiphonから出ていたものと同じですが、1959年代中期のシューリヒトの録音の中で、演奏、録音共にベストの一つです。冒頭の動機から強固な意志を込めた厚味のある響きで、強弱の大きな振幅を伴うフレーズが耳を捉え、主部に入ると独特の一息でのレガートが心の食い入ります。あくまでもしなやかな加速で締めくくった後の第2主題はまるで別世界の美しさで、管のソロが隅々まで呼吸。冒頭主題が繰り返されてからのインテンポの推進力が凄まじく、中低域がしっかり発言しているので響きの勇壮さもこの上なし!そのテンポのまま9:47からのフレーズに分け入るタイミングはまさに天才技で、そのフレージングも1小節ごとに微妙にニュアンスが変わるほど情感を込めながらベタつかず、これほど芸術的な味を湛えた演奏は類を見ません!後半12:24からの求心力としなやかさを常に絶やさない高速進行に手に汗握っていると、スコアにないシンバルの一撃が加わり、迫真のルフト・パウゼ!音量に頼らず、感情の揺れを瞬時に音化させることによるドラマ性表出を目の当たりにすると、これだけでもシューリヒトの名は後世に残ったのではないかと思えてきます。第2楽章の歌わせ方も、楽器が発しているとは思えない神がかり的ニュアンス!これ以上不可能なほど呼吸を膨らませながら、バーンスタインのような体臭を感じさせることなく超然さと芸術性が深々と脈打つという、これまたシューリヒトの秘技が全開です。副次主題のテンポの速さ、中間部のアゴーギクの変幻自在さも、まるで魔法!音圧でなくあまりにも意味深いフレージングによる風圧を感じさせる第3楽章も前代未聞!終楽章はシューリヒ芸術の集大成!テンポの入れ替えの多さはストコフスキーやロジンスキーを遥かに上回ります。冒頭をゆっくりと滑り出し、徐々に加速するという古いスタイルを踏襲していますが、ここでは骨董品的な古めかしさを感じないどころか、同じメロディーが表情を変えながら延々と繰り返される楽想の意味をここまで痛感させる演奏の威力にただ圧倒されるばかりです。しかもそれら全てが一貫した流れに統合されているのですから、シューリヒトの芸術性の高さは計り知れません。そのテンポ操作と表現意欲の横溢ぶりは「ブラ1」も全く同様。この曲は他にも録音を遺していますが、アンセルメのオケを使ってここまでやったという衝撃も含めて驚きの連続です。全体に速めのテンポですが、、音の輪郭が克明な上に幽玄のニュアンスを蔑ろにせず、リズムにはコシがあると同時にしなやかさも併せ持っているので、呼吸が音楽の弾力に確実に変化しているのを肌で感じることができます。圧巻は終楽章で、なんと演奏時間は14:25!弦で主題が登場するまでに既に音楽的な訴え掛けのあまりの多さに打ち震えていると、その主題冒頭で一瞬テンポをわずかに落として深い共感を示して感動が倍増!その後がまた大変で、第1主題が再登場するまで空前絶後の急加速で猛進し続けるのです!2曲とも、この頃のシューリヒトの赤裸々な感性を惜しげもなく発散した演奏として忘れることができません。シューリト・ファンはもちろんのこと、シューリヒトの魅力がいま一つピンと来ない方も必聴!

チャイコフスキー:交響曲第4番、ウェーバー:「魔弾の射手」序曲メンデルスゾーン(デル・マー編):無言歌より、
ロッシーニ:「ウィリアム・テル」序曲
R.コルサコフ:交響曲第2番「アンタール」、ディーリアス:アパラチア▲、
ワーグナー:「ラインの黄金」より、ヘンデル(ビーチャム編):アマリリス組曲、ドヴォルザーク:伝説曲▲、
モーツァルト:ディヴェルティメント第15番〜第2、第3楽章
サー・トーマス・ビーチャム(指)RPO、LPO 1934年〜1958年 
チャイコフスキーの第1楽章のみステレオ録音
EMI
CZS-5759382
(2CD)
“音楽が持つニュアンスの全てを動員した恐るべき「チャイ4」と火だるまの「魔弾」!”
スタジオ録音では優しい語り掛けで魅了するビーチャムですが、ライブとなると猛獣に豹変!その好例が「魔弾の射手」序曲のコーダ!「フン!」とビーチャムの唸り声と共に、ただでさえ速いコーダにさらに急加速して爆裂一直線!しかも最後の和音を徹底的にルバートで印象付けて終わるなど、誰にも真似のできない至芸!チャールズ・グレゴリーのホルンがまた泣かせてくれます。これはフルトヴェングラーの名盤と共に語り継がれるべき、超弩級の名演です。「チャイ4」は、そんなビーチャムの豪放なダイナミズムと語り口の妙が絶妙にミックスされた名演で、スタジオ録音とは思えぬ気迫、ぶ厚く有機的なテクスチュア、独自のテンポ変動が完全にツボにハマっています。しかも第1楽章はステレオ・ヴァージョン初登場!そもそも'57年にパリでモノラル録音を完成させていたのですが、'58年になってロンドンで第1楽章のみステレオで再録音したといういわくつき。驚くのは、このステレオとモノの時間的な隔たりを感じさせず、全体を通して演奏したような一貫性を感じさせる点。第1楽章は速めのテンポで熱いフレージングが横溢!フレーズ結尾の自然なクレッシェンド効果、垂直に決然と打ち込まれるリズムのパワーはライヴ録音と錯覚するほどの威力です。第2主題に入るといかにもビーチャムらしいコッテリとしたフレージングにチャーミングな表情が滲ませるといった、硬軟自在の究極芸を披露。コーダの加速の凄みと激高の波しぶきは、一発勝負の奇跡です!モノラル録音の第2楽章以降も表情の濃淡がくっきりと表出され、どっち付かずのニュアンスなどどこにもありません。第2楽章の悲しみの中にも微笑を絶やさない風情はビーチャムだけの秘芸。ピチカートが凄い重量感で迫る第3楽章も、こんなに聴き手を釘付けにする演奏は稀です。やや遅めのテンポで心の底から歌いぬいた終楽章は、音圧で捻じ伏せるのではない真の共感に溢れ、他で絶対聴けないニュアンスのオンパレード!コーダの風格美は、スヴェトラーノフのような豪放さとは対照的で、最後の和音が消え入ってからも不思議な余情が漂うのです。トランペットのフィリップ・ジョーンズ、ホルンのアンドリュー・ウッドバーン等の妙技も全開です!妙技といえばモーツアルトのディベルティメントでのデニス・ブレインとイアン・ビアーズの醸し出す至福のハーモニー!第2楽章最後の低音での着地の佇まいには言葉を失います。RPO創設当初のホルン・セクションにはデニス・ブレインと共にノーマン・デル・マーも名を連ねていますが、ノル・マーが指揮者になるきっかけを作ったのは他ならぬビーチャムでした。デル・マーがアレンジしたメンデルスゾーンの「無言歌」でも、当時のRPOの管の魅力をたっぷり堪能できます。こうして見ると、このCDの隠れコンセプトがホルンを中心とした管楽器であることにも気付かされるのです。まさに究極のコンセプトアルバムとい言えましょう。

交響曲第4番、タニェーエフ:ダマスカスのヨハネ
ヴァレリー・ポリャンスキー(指)ロシアン・ステイトSO、Cho  デジタル録音
Chandos
CHAN-9608
“終楽章に至ってもなお泣き続ける、底なしの暗さ!”
作曲者の悲観的な人生を反映したような、沈鬱なトーンを完全に表出した妙演!フレーズは徹底的に歌い抜かれ、馬力発散型の演奏とは対極的。第1楽章から病的なほど暗い涙が充満しており、コーダの異様に長い間の取り方も、この重圧を支えるのに不可欠なもの。終楽章も遅いテンポに終始して全ての音に哀愁を込め、最後まで涙が枯れることはありません。なお、第1楽章の動機が回想される箇所(6:10)で、前代未聞の大太鼓とシンバルの一撃が追加され、不思議な色彩を演出しています。ニコライ・ルービンシュタインの追悼のために書かれたタニェーエフの合唱曲も、極美のハーモニーで泣けます。


Naive
V-5068[NA]
チャイコフスキー:交響曲第4番、ムソルグスキー(ラヴェル編):組曲「展覧会の絵」
トゥガン・ソキエフ(指)トゥールーズ・キャピトール国立O
真のカリスマ!表面的な細工を必要としないソキエフの恐るべき音楽センス!!
トゥガン・ソキエフは1977年、ゲルギエフと同郷の北オセチア生まれ。ムーシン、テミルカーノフの下で指揮を学び、2003年にはメトロポリタン歌劇場で「エフゲニー・オネーギン」を指揮して賞賛を受けました。2005年、28歳という若さでミシェル・プラッソンの後継者としてトゥールーズ管の首席客演指揮者兼音楽アドヴァイザーに就任。初顔合わせの時から団員のハートをわしづかみにし、練習の際、指揮台の椅子に座る様子だけでも団員を魅了したというおそろしいカリスマ性の持ち主です。naiveレーベルとしても最高にプッシュしている指揮者とのことで早速聴いてみるとこれが大変!軽く特徴だけをつかむつもりで聴き始めたのが、遂に最後まで残らず聴き込んでしまいました。まず第一に驚くのは、「カリスマ性」ということを大きく頷かせる、とてつもないオケの牽引力。若さに任せて暴走することなく、オケを気持ちよく載せて、音楽の流れに一切軋みが生じていないのは、指揮ではなくドライブする術を完全に心得艇ルナによりの証し。しかも競合盤がひしめくこの2曲においてそれを実現するのですから、本当に恐ろしい才能です!第二に音色が実に瑞々しいこと!オケの性格も影響していると思いますが、重戦車のような高圧的な響きではなく、もぎたての果実のような新鮮さ!しかも音の芯がぶれることなく方向性が常に定まっているので、造型の安定感も抜群!表面的な細工を用いず、才能とセンスだけでこの2曲を聴かせてしまう手腕は、とても賞賛しつくせません!
「展覧会の絵」は、最初の“プロムナード”のトランペットの美しいレガートにハッとさせられます。声部を重ねるにつれ、ロシアン・テイストとフランスの洗練が完全に同居した音像を確立している点にも驚かされます。“古城”は温かな歌心が、まろやかな音の静かな訴えかけが心に響きます。“チュイルリー”では、中間部でコケティッシュな風情を全くこびることなく表出している点にご注目を。“リモージュの市場”は、実に安定したテンポ。決して先を急がずにニュアンスを熟成させるゆとりさえ感じさせ、その技は既に巨匠級。“バーバ・ヤーガ”はソキエフの求心力の高い音楽作りの結晶。力ずくの感じを一切与えず、音楽の核に力感を与え、スピード感を獲得。ドロドロの恐怖を煽ることなくストーリー性を感じさせる手腕に脱帽です。“キエフの大門”は大伽藍を思わせる演奏とは対極。音楽の組み立てそのものはごくオーソドックスなものですが、フォルからピアノに移行する際のルフト・パウゼの見事なキマり方など、ちょっとした技がキラッと光り、全体をフル稼働させながら、決して音を汚さないという点でも他にあまり例を見ない個性を発揮しています。チャイコフスキーもかつて類例のない味わい深い演奏。第1楽章冒頭のホルン動機からハーモニーが有機的に溶け合い、美しさの極み!第1主題はインテンポを基本にしつつも心の奥底から歌が湧き上がり、息の長いフレーズが一切弛緩せずに豊かに流れるのにも心奪われます。また、ティンパニが全体の見事に融合して音像に独特の深みと安定感をもたらしている点もポイント。第2主題のクラリネットを支えるヴィオラの美しさにもご注目を!第2楽章は、この曲はこんなに美しかったのかと再認識させる素晴らしい演奏。中間部開始の木管と、それに続く弦も弱音で一貫し全体と美しく調和させる手腕も流石でし。第3楽章の開始はスコアにはP(ピアノ)と指示されていますが、ここではピアニッシモ。しかしそれによって音楽が小さくまとまることはなく、かえってリズムの軽妙さが引き立つ結果となっています。第2部はフランスの管の魅力が満載。終楽章が約8分半という演奏時間でかなりの高速の部類に入りますが、ここでも決して暴走に陥らず、あくまでも音楽の有機的な流れが最優先。とにかく音楽の流れが実に滑らか!木管で繰り返されるロシア民謡主題では、フレーズ結尾をポツポツ呟かせ、素朴さを感じさせたりもしますが、基本的にロシア色を前面に出すのではなく、純粋な音楽の共感一筋で構築している点は前3楽章と同様。捻じ伏せるような迫力に圧倒されてスカッとするのもいいですが、他では味わい得ない聴後の充足感を是非多くの方に体感していただきたいものです。特に、「チャイ4」は最近ほとんど聴く気が湧かないという方ほど、感動もひとしおでしょう。


ART CLASSICS
ART-091
交響曲第6番「悲愴」、ラフマニノフ:交響的幻想曲「岩」
イワン・シュピレル(指)クラスノヤルスクSO
録音:1994年、2001年ライヴ* (ともにステレオ)
作品の偉大さを再認識させてシュピレルの恐るべき芸術性!
久々に遭遇した感動的な「悲愴」!指揮者のシュピレルは1935年ブルガリア生まれ。モスクワ音楽院ではガウクなどに師事し、1978年以降は、その生涯の最後までクラスノヤルスク響の指揮者として活躍。モスクワ、サンクトペテルブルク以外ではミンスク、トボリシといった周辺トシが中心だったため、世界的な知名度は高くありませんが、この「悲愴」に聴く確かな統率力とアプローチの揺るぎなさは紛れもなく真の巨匠芸です。音楽の作り方は実に堅実で構成力が磐石。
「悲愴」第1楽章は、提示部からその高い能力を強く感じさせますが、展開部以降は圧倒的な説得力で聴き手を捻じ伏せます。なんという骨太な造型、ダイナミズム!13:46からはとてつもなく深く大きな呼吸を見せつけ、チャイコフスキーの心の内の絶叫を余すところなく表出。オケの巧さも特筆もので、このような音楽の激流の中で、ライヴ録音にもかかわらずアンサンブルに寸分のほころびも見せないのは脱帽です。
第2楽章は冒頭のチェロが強力に主導し、速めのテンポで音楽をグングン前に推し進めます。5拍子のリズムが「2+3」ではなく塊となって聞こえるのも画期的ですが、中間の濃密な表現も心を打ちます。
第3楽章は演奏時間8分11秒の豪速。ここでも音の重量感は満点で、音の腰が浮く瞬間が一切なく、手応え十分。いかにもロシア的なダイナミズムの魅力ととことん堪能させてくれますが、高圧的で威嚇的なダイナミズムとは異なり、全体に漲る瑞々しい感覚が忘れられません。とにかく物凄い迫力ですが、終楽章直前で無神経に拍手をする聴衆など一人もいませんのでご安心を。
そして、もう極めつけとしか言いようのない感動に震えるのが終楽章!冒頭主題をグワーッとクレッシェンドして息に脱力する呼吸がこれほどど真に迫る演奏というのも珍しく、一気に鳥肌が!その呼吸が周りの空気に溶け込む浸透力が尋常ではないのです!それに続く芯の強い木管の響きは苦悶の極み。そのあまりにも没入の強い解釈に凍り続ける背筋は、後半に進むにつれて熱く変化。作曲者自身の宿命を呪うかのような壮絶なうねりは遂に極限を到達。そして最後の息の根を見せる、10:32の低弦のクレッシェンドとアクセントの強烈な強烈なインパクト!有名名盤がひしめく作品にあって、この部分で作品の核心をわしづかみにして抉り出したことをこれほど痛感させる演奏はほとんど存在しません。
単にダイナミックで見事な演奏という次元では収まらず、この曲がチャイコフスキーの芸術性の粋を結集した最高傑作であることをこの演奏で徹底的に思い知らされるとは思ってもみませんでした。
カップリングのラフマニノフも、色彩力の優った素晴しい演奏。2曲とも録音優秀(録音技師は、指揮者コンドラシンの息子、ピョートルが担当)。

交響曲第6番ロ短調「悲愴」   +バルトーク:ピアノ協奏曲第3番
フェレンツ・フリッチャイ(指)バイエルンRSO、アニー・フィッシャー(P) 1960年11月24日 モノラル・ライヴ録音
ORFEO
ORFEOR-200891
“知らないでは済まされない!生死を掛けた壮絶な“悲愴”!!”
このキャッチコピー、見覚えのある方もおられると思いますが、実はこの「悲愴」は、ショップ販売員時代に最も多くの方から共感の声を頂いたCDの一つで、今でもこれは棚から気軽に取り出すことができないくらい、桁違いの感動がぎっしり詰まっているのです!フィリッチャイのライヴ録音は、人並み外れた集中力と精神の高揚に圧倒されるものが多いですが、そんな中でもこの「悲愴」は別格の超名演!全人類の悲劇を一人で背負ったようなこの壮絶さは、どう聴いてもスタイル云々の次元を超越しています。第1楽章の第2主題が現れる直前、異様に長い間を取ってから、その緊張をゆっくり溶かすようにふわっと滑り出す繊細さは神業としか言いようがありません。展開部で最高潮に達してから急激にテンポ・ルバートを施すのは、マルケヴィッチ&N響などの例もありますが、これほど強靭なリズムの打ち込みを伴って露骨に強調された例は他に見当たりません。第3楽章の強烈な迫力も尋常ではなく、ニュアンスも洪水状態!後半のマーチが繰り返される際に、またもや激烈なテンポ・ルバートが掛かり、コーダに至っては、崖から転げ落ちるように物凄い急加速で興奮を煽り立てるのです。終楽章は、ただただ極限の没入。極美のフォルムを絶やさずに必死に深く呼吸するフレーズの連続で、聴後はしばらく立ち上がれずに放心状態必死です。オケがバイエルン放響というのもこの凄演を生んだ大きな要因で、一糸乱れずにフリッチャイと生死を共にする様子が目に浮かびます。なお、音はモノラルですが、信じられないくらい良好なのも特筆もの!臨場感に溢れ、打楽器の打ち込みまで生々しく感じるといった奇跡的な録音で、更に感動倍増です!

交響曲第6番「悲愴」、スラブ行進曲
ヴァレリー・ポリャンスキー(指)ロシアン・ステイトSO 1993年  デジタル録音
Chandos
CHAN-9356
“音のパワーではなく、心の歌で聴き手を酔わすポリャンスキーの真骨頂!”
ロシアの指揮者とオケによる演奏とはにわかに信じられないくらい洗練された美しさに満ち溢れた演奏です。オケは、以前ロジェストヴェンスキーが振っていた元ソビエト文化省響。ソ連邦崩壊後に「国立響」と改称されたようですが、美しい録音のせいもあって、あのバリバリ咆哮型の演奏をしていたオケとは思えない変わり様にまずビックリ。ポリャンスキーは合唱指揮を中心に活動していただけに、ツボを押さえた歌のセンスが抜群で、しかもそのセンスの横溢ぶりは半端ではありません。第1楽章のファゴットから聴き手を優しく慰めるような音色と深い歌が心に迫り、この演奏のコンセプトを暗示し、第1楽章の第1主題は、哀愁をたっぷり湛えなががらもゆったりとしたテンポで品格を維持。第2主題もロシア的な嗚咽を込めず、柔らかな筆致と自然なアゴーギクで切々と歌い上げ、音楽を芯から息づかせています。展開部冒頭も音圧だけで聴き手を威圧する演奏とは一線を画し、一貫した歌心をこの激高の渦の中であっても守り通しているので、チャイコフスキーがこの曲に込めた内面的な苦悩が切々と胸に迫ります。第2楽章の5拍子の意味をこれほど感じさせる演奏も稀です。なんという思いやりと温かみに満ちたフレージングでしょう!第3楽章も演奏時間にたっぷり10分を要していることでも分かるとおり、痛快なマーチという以上に、各メロディの持つ美しさと表情を丹念に表出させてこんなに語り掛けてくる演奏も珍しく、後半の行進曲主題を奏する弦のテヌートの歌わせ方が、弓を弦から離す直前まで心が込め抜かれているのです。歌の本当のあり方を痛感させる終楽章は感動の極み!冒頭2小節と3小節の休符の間(ま)に、こんなに深い息づかいを感じさせる演奏が他にあるでしょうか!中間部主題の弦の質感の素晴らしさも真に迫り、後半のドラの響きの意味深い余韻を十分に感じるゆとりの風情は、表面的な悲劇性の煽りだけに囚われている演奏からは望むことができません。

交響曲「マンフレッド」
ウラディミール・ユロフスキ(指)LPO 2004年12月8日、デジタル・ライヴ
LPO
LPO-0009
“豪奢な音の洪水を格調高く昇華させた、ユロフスキの恐るべき手腕!”
グラインドボーン音楽祭の音楽監督として、このオーケストラと蜜月を迎えているユロフスキの真骨頂!この曲に宿る内面のドラマ性に照準を合わせ、感覚的な迫力のみにとらわれない内容重視の演奏に徹しているのが特徴。色彩もどちらかというと地味目ですが、あのラフマニノフの「交響的舞曲」の名演同様、全声部を確実に掌握した磐石の造形力は既に巨匠級です。第1楽章コーダや、終楽章を聴くと、LPOがテンシュテットと共に全神経を集中して臨んだ時と同様のモードで決死の演奏を繰り広げているのが分かります。終楽章後半、ハープが登場して以降の幻想的な深みも格別の味わい!軽視されがちなこの作品のとことん真剣に切り込んだ演奏というだけでも貴重ですが、その核心を突いた解釈に脈打つ揺るぎなき集中力!全く脱帽です。


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